【早川書房】
『赤い星』

高野史緒著 



 物事の真実というのは、けっして単純明快な形をしているわけではない。だが、私たちはときに、複雑怪奇な真実よりも単純明快な嘘のほうを好んで信じてしまいがちである。

 たとえば、凄惨な殺人事件が起こると、その手の報道ではかならずと言っていいほど、犯行の動機について追究するような流れがある。そして専門家と称する人たちが、社会不安やその人の過去、人間関係といった情報から、いかにもそれらしい要因を挙げていく。しかし、それらは犯行の原因の一部ではあったかもしれないが、それだけが唯一無二の真実というわけではない。真実というのは、それほど単純なものではない。それでもなお、私たちがそうした結論に飛びついてしまうのは、殺人という非日常、ふつうに生きていてとうてい理解しがたい出来事を、わからないままに放置しておくことに対する恐怖があるからだ。

 わからないものをわからないままにしておく、というのは、私たちが考えている以上に難しく、また居心地の悪いものである。たとえ嘘でもかまわないから、そこに何らかの結論を出して安心したい、という心理は、誰しもがもつ感情だ。だが、それでは現実を把握することはできない。何がまぎれもない現実であり、何が個人的な主観の生み出した世界であるのか――相対主義の時代に生きる私たちは、誰かと何かを共有するという共同幻想のなかで、それぞれの現実を生きる孤独な存在だと言っても過言ではないのだ。

 本書『赤い星』という作品を何より特徴づけているのは、その背景世界の特異さである。なにしろ日本はロシアの属国、という扱いになっているのだ。そして日本はなぜか江戸時代のような幕藩体制が敷かれており、その裏ではロシアン・マフィアが跋扈して帝政ロシアをおびやかすという状況がつづいている。そのくせ、インターネットというきわめて現代的な技術だけは異様なまでの発達を見せており――というよりも、過剰な情報操作や宣伝競争の過多によってそれ以外のインフラがまともに機能しなくなっており、飛行機さえ飛ばせなくなってしまっている。結果、人々はそれぞれの地域に孤立したまま、ネットから流れてくる真偽のさだかでない雑多な情報によってしか、世界を知ることができないのである。

 ロシアの属国であるという事実が、江戸という世界への出入りを極端に制限されるという状況を生み出し、そこに住む人々は世界を自由に行き来することはできないが、インターネットによって情報だけは過剰に入ってくる、という状況――本書の世界は江戸時代というアナクロな世界観と、ネットというデジタルな世界観が入り混じっているがゆえのちぐはぐで、どこかおかしささえ感じられるところがあるのだが、重要なのは、情報だけはいやというほど与えられるにもかかわらず、その真偽をたしかめるための手段をほとんどもつことができない、という一点につきる。こうした情報ばかりが先行していく状況は、私たちのよく知る世界でもなじみのものであり、そのあたりの妙なリアルさが著者の書く作品の特長でもあったが、本書の場合、それに輪をかけて妙なサブカルチャー的な情報をちりばめることによって、そうしたリアルさをより一層引き立てていくことに成功している。

 ここでいうリアルさ、というのは、読者が共有する世界と物語世界がストレスなく同一だと感じられるたぐいのリアルさではなく、むしろ与えられる情報のあやふやさ、薄っぺらさという意味でのリアルさだ。じっさい、本書のなかに書かれる江戸という都市は、どう考えても私たちが生きている世界ではなく、むしろパラレルワールドを思わせるSFチックな世界である。そして登場人物たちもまた、そうした情報のあやふやさから逃れることはできないし、そうした情報に振り回されざるをえない。

 江戸に生まれて江戸に住んでいると、江戸以外の日本があることさえ信じられなくなってくる。実際、「外」のことなど、ロシア本土と同様、ネットの情報と噂でしか知らないのだ。江戸以外のことなどすべて妄想だったとしても、おきみは驚かないだろう。

 この物語における主要な登場人物であるおきみは、江戸でプログラム職人をしている町娘であるが、彼女はロシアのペテルブルクという都市に強い想いを寄せている。それは、幼馴染の龍太郎がペテルブルクにいるからに他ならない。その音楽方面の才能を認められ、その世界では稀有ともいうべきチャンスをつかんでペテルブルクへの移住を認められた龍太郎は、おきみにとっては唯一といっていい、たしかに実存していると感じられる都市としてペテルブルクを認識するための鍵となっている。そしてこれが、物語を動かすための鍵にもなっている。

 ロシアの現皇帝によって暗殺されたはずのドミトリー皇子が、江戸に潜伏しているという噂、おきみの友人でもある吉原の売れっ子花魁、真理奈のロシア皇后への野望、幕府の付け家老としてロシアから派遣されてきたシュイスキー公爵による忠告、そして一種の都市伝説でもある「赤い星」のこと――龍太郎の主体によるペテルブルクでの出来事も含めて、物語の中心にいるのは、常にペテルブルクという都市である。

 何もかもが洗練され、まるでこの世のユートピアのごとく人々の憧れを誘うペテルブルク――「シベリア横断ウルトラクイズ」における決勝戦の地であり、優勝者にはそこの永住権があたえられるというその都市で、はたして何が起きているのか? 物語はそうした謎を中心にして展開していくのだが、ここにロシアの属国としての江戸、ネットの情報でのみ「外」の世界を認識できるという特異な世界設定が絡んでくることで、物語のかかえる謎は、いつしか「何が起きているのか」ではなく、そもそも「ペテルブルクとは何なのか」という謎へと巧みにすりかえられていく。

 バーチャル世界でしかないゲーム上のペテルブルクを移動しているうちに、いつしかそこが本物のペテルブルクだと感じてしまう瞬間を、本書のなかでおきみはたしかに感じとる。人々の憧れの地としてそこにあるペテルブルク――だが、その都市は、誰もが夢に描くような理想郷なのだろうか。世界はけっして単純明快ではないし、わかりやすくて美しい形をしているからといって、それが唯一無二の真実というわけではない。むしろ、雑多な情報が無制限に割り込んできて、どこか混沌とした江戸という都市こそが、まぎれもない現実の一端を垣間見せている可能性もあるのだ。革命という美しい響きのなかで、怪しげでおぼろげな赤い光を放つ星を、はたしてあなたはどのような思いで見ることになるのだろうか。(2009.06.18)

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