【芳賀書店】
『ずっと、らりるるれれ』

美原紀華:作/マーシャ・サリエ:絵/渡辺謙:朗読 



 才能は誰にでもある。だが、自分に才能があると信じつづけることができる人は、けっして多くはない――誰の言葉であるかは忘れてしまったが、これと似たような文句を私はどこかで聞いたことがある。たぶん、人間はその気になれば何でもできるし、何にでもなれるのだろう。ただ、それまでの経験や教育が、周囲の環境が、その人に信じつづけることを拒否させる。そういう意味で、人間は自分で自分を規定づけ、その可能性を閉ざしてしまう生き物なのかもしれない。

 だが、世の中にまれに誕生する「自分に才能があると信じつづけることができる人」――けっして多くはないが、けっして何物にも屈することのない強い意志を持つ者の力は、あるときは変人と呼ばれながらも、ときには世界を変えるという偉業を成すことさえ可能にする。後に「天才」と呼ばれることになる、そんな彼らのひたむきな姿は光に溢れ、それゆえにぞっとするような美しさを垣間見せることさえある。

 自然界に目を向けたときに、私たちがまのあたりにする数々の奇跡――本書『ずっと、らりるるれれ』の著者である美原紀華は、はなかまきりという、花そっくりの形に自分の姿を変化させた昆虫に、思いつづける意志の力を結びつけることで、現代に生きる私たちが失いつつある何かに再び目を向けることを語った、まさに大人のための絵本なのである。

 そのサブタイトルに「花になったかまきり」とあるように、本書の主人公は一匹のかまきり、狩りが下手で、それでいつもお腹をすかせたかまきり「ぺこかま」である。花に寄ってくるさまざまな虫たちをつかまえるため、自分の頭に花をかぶせ、静かに、ひたむきに、自分を花と同化させて待ちつづけたぺこかまが、いつしかその体を花そっくりの形に変えてしまう、というお話である。

 意志と時の交わりが生んだ奇跡。
 ぺこかまが咲いている。
 あなたが咲いている。

 淡いパステル調の色彩を基調とした、リアルでありながらどこかメルヘンチックな絵とともに語られる物語は、その最後において、はなかまきりの実在の写真を載せることで締めくくられることになるのだが、そのことによって、この絵本は、物語であることをみずから超えようとする。花になったかまきりの物語は、けっしてたんなるおとぎ話ではない、著者がそのあとがきでみずから語るように、「代々受け継ぐ遺伝情報さえも、熱い意志の力で操作可能なこと」であり、その強い意志の力の体現者として、はなかまきりの存在はにわかに強い光を浴びることになるのである。

 厳しい大自然のなかで生き残ろうとする力――その強い意志の力でみずからの形を環境に応じて変化させたはなかまきりとはまったく対照的に、あくまで自分の存在を中心に考え、自分の周囲の環境を自分の都合のいいように変えていくのが人間という生き物であり、その大きな違いに、私たちは何かを感じずにはいられないはずである。私たちが人間であるという事実、いや、それ以前に、私たちが私たちでありつづけるという事実は、いったい何を意味するのだろうか。

 私たちは臆病な生き物で、それゆえに変化することを恐れる。安定した状態のなかで生きていれば、いつまでもその安定した環境がつづくことを願う。だが、現代の急速な変化の波は、私たちに安定していることを許さない。私たちも変わっていかなくてはならないのだ。そう、自らの体を花に変えた、はなかまきりのように。

 世界はどんどん変わっていく。私たちの心もまた変わっていく。だが、世の中がどれだけ変わっても、けっして変わらないものがあることを、この絵本は教えてくれる。その強いメッセージは、きっと読者に思いつづけること、変化に身をゆだねることへの勇気を与えてくれるに違いない。(2000.08.25)

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