【祥伝社】
『puzzle』

恩田陸著 



 超常現象という言葉を聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。霊の呪い、UFO、あるいは超能力や予言、占い、黒魔術といったオカルトなど、現代の科学では説明のつかない、不思議な現象を総じて「超常現象」とひとくくりにしてしまっているのが現状だと思うのだが、私たちが奇妙なことだと感じる現象すべてが、人知を越えた出来事だというわけではない。
 たとえば手品ひとつをとってみても、そのタネを知らない人たちにとっては充分に不思議な現象であるが、基本的に私たちは、手品を超常現象だと考えたりはしない。なぜなら私たちが手品を見るとき、それが手品という名のショーであることを知っているからであり、逆にその前提のないまま、あたかも手品を超常現象であるかのように見せかけて人々を騙すのが、エセ霊媒師だったり、インチキ占い師だったりするわけである。

 ブロッケンの妖怪やセントエルモの火、あるいは日蝕や蜃気楼、オーロラなど、今では科学的な説明のつけられるものであっても、自然現象が見せてくれる雄大なマジックショーには多くの人たちが魅了されるものだ。そして私たち人間が、大自然のなかではあまりにもちっぽけで無知な存在であることをあらためて認識したとき、この世にはまだまだタネの割れていない不思議な物理現象がたくさんあり、それらもまた「超常現象」としてひとくくりにされてしまっているのではないか、と推測するのは、そう難しいことではないはずである。

 コンクリートの堤防に囲まれた廃墟の島で発見された、三人の身元不明の死体――このいかにもミステリーを思わせる新聞記事からはじまる本書『puzzle』は、いっけん何の脈絡もないように思えるいくつかの記事を載せているだけの「piece」の章、死体の発見された島に上陸したふたりの検事が、まだ事故か事件かもはっきりしないこの不可解な謎に挑む「play」の章、そして謎解きの段階である「picture」の章の、三部構成になっている。「piece」「play」「picture」と続けて読んでいくことで、あたかもジグソーパズルを組み立てるかのように、事件の真相が明らかになっていく本書であるが、巧妙に本格ミステリーを装ったこの作品を、純粋にミステリーとして読んでいった人は、あるいは大きな不満を残すことになるかもしれない。なぜなら本書の本質は、じつはミステリーにおける謎解きにあるのではなく、何枚かのピースから連想される完成予想図と、実際にパズルが完成したときにはじめて見えてくる全体像とのギャップそのものを楽しむことにこそあるのだから。

 実際に何が起きたのかを、あとから再生するのはとても難しい――(中略)――絵が小さくて、ピースがたくさん手に入ればどんな絵が描かれていたかすぐに把握することができるけど、絵が大きくて手に入るピースが少なければ、どんな絵が描かれていたのか分からない

 学校の体育館で発見された餓死死体、高層アパートの屋上に墜落したと思われる全身打撲死体、そして電気の供給もないはずの映画館のなかにあった感電死体――しかも死亡時刻がきわめて近く、また死体がそれぞれ持っていた記事など、不可解なことだらけのこれらの断片は、人間の想像力をかきたてるには充分に魅力的ではあるが、彼らがどうやって死に到ることになったのか、ということについて問いかけるのは、本書の事件がまだ事件であるかどうかもわからない以上、ほとんど無意味だ。そして、定期便が出ているわけでもない、しかし一部の廃墟マニアには有名なこの廃墟の島に、彼らは何のために集まったのか、といった問いは、どちらかといえば犯行の動機に相当するものだろう。

 通常のミステリーにおいて、動機を推理するのはナンセンスだとされている。なぜなら、犯行の動機というのは犯人が見つかればおのずとわかってくることであるからだ。そして、とくに本格ミステリーというジャンルでは、「誰が」「どのように」犯行におよんだのかがすべてだと言ってもいい。本書のなかで探偵役をつとめる関根春は、けっきょくのところこれらの死体の関連性から、この事件の全体像を知っている者をさぐりあてようと推理はするが、それは文字どおり推理の域を越えるものではないのだ。そして、本書がそもそもミステリーを装った非ミステリー小説であることを考えれば、それは無理のないことでもある。

 自動車が事故を起こしやすい「魔のカーブ」と呼ばれる場所は、霊魂や超常現象のしわざなどではなく、人間の目になんらかの錯覚を起こしやすい地形を偶然にも成していることが多いという。それでなくとも、人類の科学技術の進歩はこれまでも自然の生態系を大きく脅かしてきたし、地球温暖化や世界各地で発生している異常気象などは、人間による自然環境を無視した乱開発が原因だとも言われている。廃墟という、人類の営みと自然の営みとの混合した特殊な場所は、いわば地球における最大のカオス形成場であり、仮にどのような異常な現象が発生してもおかしくないような、そんな雰囲気を漂わせているのもたしかである。

 著者の恩田陸の描く世界は、私たちの生きる現実とはどこか異なった、しかし完全なファンタジーとも言えないような不思議な世界を生み出すのが得意な作家であるが、本書の謎解きに、はたして読者がどのような感想をいだくことになるのか――こればかりは、私の想像の範疇を超えたことである。(2003.03.06)

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