【草思社】
『女盗賊プーラン』

プーラン・デヴィ/武者圭子訳 



 怒り、という感情について、ふと考えることがある。

 私はこれまで、何かに対して心の底から怒りを感じる、というような経験をしたことがないのだが、それが幸せなことなのか、あるいは不幸なことなのかは微妙なところだろう。なぜなら怒りという感情は、自分にとって大切なものが理不尽に傷つけられたときに湧き起こる感情であり、したがって自分にとって本当に大切なものが何なのかがわかっていない人間は、怒りたくても怒りようがないからである。

 怒り、あるいは憎しみの感情に突き動かされた行動が、ときに何も生み出すことのない、不毛な行動となりうることを、否定するつもりはない。だが、自分の大切なものが踏みにじられたときに、そのことをはっきりと周囲に表現することは、じつはこの世を生きるうえでとても大事なことではないか、と最近になって思いはじめている。たとえば、人から暴力をふるわれれば、そこに苦痛がともなうのはあたり前のことであるが、暴力をふるう側はしばしばそのあたり前の事実を失念していたりするものだ。怒りの感情をむきだしにする、というのは、自分が木石や動物などではなく、ひとりの人間である、ということのもっとも直接的な表現方法であり、自分にとって大切なもの、守っていかなければならないことをはっきりと認識させることでもある。

 2001年7月25日、元盗賊でインドの下院議員だったプーラン・デヴィは、暗殺者の放った凶弾によってこの世を去った。本書『女盗賊プーラン』は、1996年に、そんな彼女の波瀾と苦難に満ちた半生を、彼女自身の口頭記録から原稿をおこして完成させたものであるが、生涯にわたって文盲だった彼女の伝記を、彼女自身の意志を極力尊重する形で――つまりプーランがみずから書くのと同じようなやり方をとおして書きおこす、というのは、私たちが考える以上に彼女にとって大切なことだったに違いない。そこにはむろん、これまで多くの人が、彼女の劇的な人生を勝手に脚色し、おもしろおかしく語り伝えていき、自分のまったく知らない「プーラン」がひとり歩きするのを成すすべがなかった、という事情もあるだろう。だがそれ以上に、自らの「生」を形あるものとして残しておくこともまた、彼女にとっての戦い――人間として当然守られるべき権利を踏みにじった人々、そしてカースト制という社会制度との戦いだという意識があったように思う。
 彼女はかつて、ダコイット(盗賊)として、貧しい人々のため、そして自身の復讐のために武器をとり、権力者たちと戦ってきた。そして本書の依頼が舞い込んできたときも、彼女は報道やメディアといった、まったく別の形で自身の権利を踏みにじろうとする者たちと戦っていたのだ。

 カーストというのは、インドに特有の閉鎖的身分階級制度のことで、世界史の教科書レベルでは、それが四つの階級に分かれていること、階級間を越えた婚姻は認められていないこと、といった知識しか教えていないと思うが、現実のカーストというのはもっと複雑で厳格なものであり、実際には数千ものカーストによって構成されていると言われている。その中の下層カーストにあたるマッラに生まれたプーランが受けてきた、まさに筆舌に尽くしがたい虐待や暴行、差別の数々を明らかにした本書は、階級の違いだけでなく、同じカーストに属していながら、貧富の差、あるいは男女の差によって激しく差別されるという、信じがたい制度の腐敗を浮き彫りにした、という意味でも貴重なものだと言うことができるが、もちろんそれだけが本書の価値観であるわけではない。

 わたしたちはみな、それぞれに誇り高いひとりの人間だ。どのような場所で生まれ、どのようなカースト、肌の色の生まれようと、男であっても、女であっても。私は敬意を払ってほしいのだ。わたしに対しても、すべての人に対しても。

 じっさい、私は考えずにはいられない。わずか11歳で30過ぎのやもめと結婚させられ、レイプをはじめとする虐待の限りをその身に受け、盗みの濡れ衣を着せられて、取り調べと称する暴行を受け、さんざん辱められたプーランにとって、それらの記憶は思い出すことさえ苦痛なことだったに違いない。だが、本書の中には、女盗賊だった頃の武勇伝はたいして記録されておらず、むしろ自分がどれだけの苦難と屈辱を味わい、どれだけ泣き、絶望し、しかしそれでも立ち上がっていかなければならなかったか、という、けっして強くもなく恐ろしくもない、ひとりの人間としてのプーランをありのままにさらけ出そうとする、その勇気の源はどこから来ているのだろうか、と。さらに言えば、彼女が受けたような虐待は、おそらくインド社会においてはそれこそ日常のことであり、けっしてプーランだけの問題ではないにもかかわらず、結果として彼女がダコイットとして戦いの中で生きることを決意した「怒り」の感情が、どれほどのものであったのか、と。

 本書を読んでいくとわかると思うのだが、プーランの半生――とくに彼女がダコイットに誘拐され、ヴィクラムと出会うまでの人生において、「もし」という言葉は、どこにも入りようがない。まるで、「運命」としか言いようのないものの作用によって、彼女の人生が決定づけられているのではないか、と思わせるものを本書に感じるのは、おそらくそれ以外の選択肢が「死」に結びついているからだろう。少なくとも、本書の中で出会うことができるプーランという人物には、そう思わせるだけの何かがある。彼女はまさに生きるために戦わなければならなかったのであり、それは死ぬまで変わらなかった。上でも述べたことだが、本書が生まれたのもまた、プーランにとっての「戦い」の、ひとつの形だったのではないだろうか。

 毎日新聞の当時の朝刊(2001.07.26付)によると、プーランは「(政府に)護身用の銃器所持を申請しているが、認めてくれない。上位カーストならすぐ許可されると思う」と記者に話したという。そういう意味で、彼女の暗殺もまた、カースト制という、彼女がまさに戦っていた相手によってもたらされたものだと言えなくもない。しかし、彼女の口述から出版された本書は世界じゅうに広がった。インドにかつて、プーラン・デヴィという、人間の尊厳のために戦った――いや、戦わなければ生きていくことのできなかった悲しき女性がたしかに存在した、という記憶までは、もはやだれも消し去ることはできないのだ。(2002.05.22)

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