【集英社】
『パワー・オフ』

井上夢人著 



 ユーザーの知らないうちにコンピュータ内部に入り込み、巧妙な手段で増殖してシステムに悪さをはたらく悪質なプログラム――0と1の羅列にすぎないにもかかわらず、地球を侵略してきた宇宙人の巨大円盤をも狂わせてしまうそのプログラムに与えられた名前が、「コンピュータ・ウィルス」だったのは、まことに言い得て妙だ。たしかに、コンピュータ、あるいは複数のコンピュータをつなげたネットワークを一個の生命と考えたとき、コンピュータ・ウィルスがおこなう行為は、ウィルスが生物に対しておこなうそれと非常によく似ている。

 本書『パワー・オフ』にも、コンピュータ・ウィルスが登場する。ことの発端は、コンピュータ制御のついた工作機械にウィルスが感染し、その誤動作で実習をおこなっていた高校生が大怪我をしたことからはじまる。
 そのウィルス自体はほとんどシステムに影響を与えない無害なものだったが、これまでのウィルスとその構造が異なっており、ワクチン(このネーミングもけっこう鋭い)を開発するのが困難だとされていたところ、ウィルス発生からたった一週間でそのワクチンを製品化した会社が現われた……。とくに勘の鋭くない人でも、そこに犯罪の匂いを嗅ぎとるのはけっして難しくないだろう。だが、そのウィルス騒ぎがようやく一段落ついた矢先に、今度はさらに強力なウィルスが世界規模でネットワークを侵食しはじめてしまう。ウィルスを分析し、その対抗策を練るネット会社の開発チームたち、また、ウィルスを使って一儲けしようと考えていた会社や、もともとのウィルスを開発したプログラマーなど多くの人間の思惑をあざ笑うかのように、コンピュータ・ウィルスたちは勝手に暴走し、世界をつなぐネットワークそのものの存在まで脅かすようになる。

 多くの企業や個人がコンピュータを所有し、ウィルスの存在に手をこまねいている現状において、この物語はたんなる虚構だといって笑うわけにはいかないほど現実味を帯びている。「人工生命」ということばをご存知だろうか。子供を産む(自分自身をちょっと変化させた複製をつくる)、自己を維持するなど、生命を定義づける機能をもたせたプログラムのことで、プログラムを実行すると、プログラムどおり子供を産み、どんどん増殖していくのだが、時間の経過とともに初期のオリジナルとは形態の違ったものへと「進化」をとげるという。本書のなかに登場する新型ウィルスが、「人工生命」と同じように進化をつづけることを知ったとき、人はあらためて、生命の定義に、そして生物がなぜ生きるのか、という疑問にぶちあたる。

 これからこの本を読む人がいないとも限らないので、これ以上物語の筋に触れるのはやめるが、たんなるコンピュータ・ウィルスの物語が、ここまで大きなスケールに発展するとは正直、思ってもみなかった。進化するコンピュータ・ウィルスが私たちをどこへ連れていこうとするのか、ぜひその目で確かめてほしい。(1998.12.11)

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