【幻冬舎】
『仮面警察』

弐藤水流著 



 当初目指していた目標や夢といったものが、長い年月を経ていくうちに変質してしまったり、あるいは消失してしまったりするというのは、けっして珍しいことではない。「夢をあきらめない」と言えば聞こえはいいが、ひとつの目標や夢にいつまでもこだわり続けることが、かならずしも正しい結果につながるわけではなく、むしろ変化していく時代、あるいは自身の心の内に合わせて、みずからの目標なり夢なりを見直し、軌道修正していったほうがより建設的なことも世のなかには多かったりする。もとより変わらないものなど、この世界には滅多にないことを考えれば、むしろいつまで経っても変化しないことのほうが異常なのだと言うこともできる。

 ただ、掲げた目標が重いものであればあるほど、そしてそれにかけた時間が長ければ長いほど、それをあきらめることが難しくなってくるのもまた事実だ。言い換えれば、人は目標の実現のために費やした「費用」を、できることなら回収したいという欲をもっている。夢や目標をあきらめることは、たんにそれをあきらめるだけでなく、その実現のために費やした時間や努力といったものもふくめて「あきらめる」ことを意味する。もし、そのために文字どおり莫大な費用をかけてきたのであれば、当然のことながらそれをあきらめるのは大きな苦渋をともなうことになる。そしてそれは、純粋な費用や時間のことばかりを指すわけではない。たとえばそこに人の死がかかわっているとすれば、そうそう簡単に「あきらめる」ことはできなくなる。ましてそれがその人にとって大切な人であったなら、なおさらだ。

 南條が警察官になった理由、それは真理子の事故の真相を突き止めるためだった。尾島がかつて語ったように、警察上層部が事故の隠蔽に関わっているのであれば、外部の民間人には何も知る術はない。だが警察官として内部に潜り込めば、真相究明の可能性はゼロではないはず――南條はそう考えたのだ。

 今回紹介する本書『仮面警察』について、その特色を簡単に記するとすれば、それは警察という組織を舞台とした群像劇、ということになる。上述の引用にも登場する南條達也は、かつて殺人を犯しながらも、ある事件の真相究明のためあえて警察官になったという背景をもつ男として、きわめて特徴的な位置づけにあるのだが、シリーズの一作目にあたる本書のなかで、その真相が物語のメインとなっているわけではない。むしろこの設定は、南條というキャラクターの人間性を深く印象づけるためのものとして機能しているところがある。彼の犯した殺人についても、あくまで真相究明の過程で起きてしまったもので、事件というよりはある人物の陰謀に巻き込まれたようなものであるのだが、そもそも彼の恋人だった関口真理子がひき逃げ事件に遭わなければ――そして警察の提示した幕引きが納得のいくものであれば、起こり得なかった殺人だと言える。

 恋人の巻き込まれた事件の真相を追ううちに、なかば操られるように人を殺してしまい、それでもなお逃げることよりも真相を追うことを選んで警察官になった男――この、何とも複雑な因果に絡みとられた南條という男の設定は、そのまま本書の特長にもなっている。たとえば、多治見省三という男がいる。彼は神奈川県警の現職刑事であるが、あと半年で定年を迎える身でもある。そんな彼が自身の最後の仕事として独自に追っているヤマが、じつは南條が引き起こした殺人事件だったりする。彼にとって殺された木村和也は、世話のやける息子のような存在でもあったのだ。こうした事件と事件のつながり、思わぬ人と人との関係が、じつは本書のいたるところに仕込まれている。

 本書でメインとなっているのは、東京都北区で起こった殺人事件である。後に第二の事件が発生し、連続殺傷へと発展することになるこの事件は、犯人を追う警察側だけでなく、事件の犯人側のパートも書かれており、いわゆるミステリーとしての要素は薄い。もちろん、そうした要素が皆無というわけではないのだが、上述したように、本書はミステリーというよりは群像劇という性質が強く、警察側と犯人側それぞれの関係者が、今回の事件にどのように絡んでくるのか、そしてそこにどのような心理や過去が隠されているかというのが本書の読みどころとなってくる。だが、それ以上に注目すべき点があるとすれば、警察という組織に身を置く登場人物たちが、それぞれ心にいだいている警察としての目的意識である。

 くり返しになるが、南條は真理子を襲ったひき逃げ事件の真相究明のため、あえて警察官となる道を選んだ。そこには強烈な目的意識があった。だが、たかだかいちノンキャリアの制服警官にすぎない彼にできることは少なく、また上層部にのし上がっていくには時間がかかる。じっさい、彼が警官になってから八年が経ったが、いまだ解明の糸口すら見いだしていない状態にある。

 このまま一交番勤務の警察官として生きるのも、悪くないのではないか――最近の南條の頭には、そんな思いがよぎるようになっていた。南條にとって、それは愕然とする瞬間だった。
 俺は次第に、真理子のことを忘れようとしている――。

 厳しく無慈悲な現実によって、当初の目的が変質していくという南條の心情は、じつは本書に登場するキャラクターの大半にもあてはめることができる。警視庁の刑事として今回の事件を捜査することになった早乙女霧子などはその典型で、過去に起こったある事件を機に、強い正義感をいだいて刑事という職務をはたすようになっており、目的のベクトルこそ正反対であれ、ある意味で南條とは似たもの同士と言うことができる。そのいっぽうで多治見省三のように、定年間近になって急に未解決事件の真相を追うことを目的に据えるような人物もおり、それぞれの思惑の行く先も非常に気になるところである。

 群像劇という性質上、クセのある登場人物が乱立しながらも、今回の事件だけではそれらすべてを消化しきれていないところがあり、その部分については次のシリーズに期待したいするしかない。警察という仮面をかぶりつつ、その下にどのような素顔を隠しているのか――あるいはその仮面こそが素顔として定着してしまっているのか、それぞれの登場人物の今後に期待が高まる作品である。(2014.04.23)

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