【扶桑社】
『ファントム』

スーザン・ケイ著/北條元子訳 

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「怪人」「怪盗」「異才」「鬼才」――私たちと同じ人間でありながら、人間であるがゆえに避けることのできないさまざまな制限や限界を、いともあっさりと超えた能力を発揮する者たちのことを、私たちはしばしば畏敬の念をこめて、こんなふうに呼び表わす。彼らはときに、平気で人の命を奪う殺人者であり、凶悪な犯罪者であるが、同時に偉大なる芸術家、神のごとき能力者でもあり、私たちはそんな彼らの危うい精神の均衡を怖れながらも、いっぽうでは彼らの発する底知れない才能にどうしようもなく惹かれてしまう。世間一般の常識や、人が人を裁くための法といったもので規定してしまうこと自体が冒涜であるかのように思わせてしまう彼らの存在を「怪人」と呼ぶとき、私たちは無意識のうちに、彼らも属しているはずの「人間」という要素を切り捨ててしまっていることに気づく。それは、けっして彼らを人間として認めない、ということだけではなく、むしろ「人間」という卑小なものを超えた存在としてとらえたい、という願望の現れでもあるのだ。たとえば、『ハンニバル』のハンニバル・レクターや、『脳男』の「鈴木一郎」、そして今回紹介する本書『ファントム』に登場する「オペラ座の怪人」エリックといった人物に対しては。

 ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』という作品について、私が知っているのはごくわずかなことだ。だが、そんな私でも、パリのオペラ座で恐るべき連続殺人を引き起こし、人々を恐怖に震え上がらせた「怪人」エリックの存在くらいは知っている。それだけ世界的にも有名であるはずのエリック――おそらく著者にとって、『オペラ座の怪人』、とくに「怪人」エリックという存在は、知れば知るほど多くの疑問を投げかけるものだったに違いない。

 そういう意味で、それまでただ恐怖の対象でしかなかったエリックの過去に目を向け、彼がいかにしてパリ・オペラ座の地下に住み着くに到ったのか、その波乱万丈の人生を、さまざまな人物の一人称をもちいて見事なまでに浮かび上がらせることに成功した本書は、エリックという「謎」に対する著者なりの「解答」であり、まさにひとつのミステリーだと言うにふさわしい。そして、この物語のなかに登場するエリックは、けっして「怪人」という人外のものではなく、私たちと同じまぎれもない人間――繊細で傷つきやすい心を持ったひとりの「人間」なのである。

 聖と魔、善と悪――「怪人」と呼ばれる者たちの言動は、しばしばこの人間臭い二元論の制限を、なかば嘲笑するかのように乗り越えてしまうものだが、生まれながらにしてこの世のものとは思えないおぞましい容貌と、同じくたぐいまれなる才能のふたつを併せ持ってしまったエリックは、闇と光という、けっして相容れない両極端なものを同時に自らの内に秘めた、まさに「怪人」の象徴とも言うべき存在だ。だが、エリックの心は、その過酷な人生において何度も何度も「怪人」と「人間」との間を揺れ動いていく。

 彼の罪ではないはずのそのおぞましい容貌のせいで、どんなときもまともな人間として扱ってはもらえず、また建築学や音楽、科学技術などさまざまな分野において驚異的な天才ぶりを発揮しても、けっして人間の業績として評価されることもない。心を許せそうな人物と出会い、綱渡り的な危うさで信頼関係を築きながら、ほんとちょっとした誤解やすれ違いによって、すべてが一瞬にして崩れ去ってしまう――エリックにとっての不幸は、その容貌も、そのたぐいまれなる才能も、どちらも彼自身を人間から遠ざける要素にしかならないにもかかわらず、それでもなお心のどこかで、自分が人間であることを認めてもらいたい、という願望に胸を焦がしつづけてきたところにあるだろう。そう、エリックに仮面をかぶせ、屋根裏に閉じ込めた母マドレーヌは、その悪魔の顔を恐れたのと同じように、彼の神のごとき頭脳、その天使の歌声もまた恐れていた。そしてマドレーヌが欲していたものがごく普通の、人間としてあたりまえのものであるはずの平凡な幸せだったのと同じように、エリックがその生涯において欲していたのは、普通の顔でもなく、また完璧な芸術を生み出す才能でもなく、なんてことのない母親からの「キス」だったのだ。だからこそこの物語は切なく、哀しい響きをもつ。

 キスなんて小さなものなのに……――(中略)――会ったとき、別れるときの軽いキス――そんな単純な肉体の触れ合いは、人間の基本的な権利として当たり前に交わされるのに……。
 私はこの地上に半世紀も暮らして、まだキスされるのがどんな気持ちか知らない……そして、今だって知らせてはもらえないのだ。

 どんなにあがいても自分が人間として扱われることのないこの世界に絶望し、ときには人間の不完全さに絶望し、人間にはけっして届かない、完璧な芸術の世界に生きようと躍起になり、やがて疲れ果て、人間とのかかわりをいっさい断ち切るかのように、オペラ座の地下に安住の地を築いたエリック――「怪人」にもっとも近い存在でありながら、心の底まで「怪人」になりきれなかった彼を主人公にして、あらためてクリスティーヌとの不思議な関係を覗いたとき、どんなにその性格がねじれ、歪みきっていたとしても、彼の「愛」に対する想いだけは本物だったことがわかる。そしてそのとき、本書は「オペラ座の怪人」をひとりの人間としたときに生まれてくる一代記的物語から、人間であるがゆえに陥らずにはいられない「愛」の物語へと劇的な変貌をとげることになる。そう、神に祈ることをやめ、世界じゅうが自分の敵だと思いつづけ、そのずば抜けた頭脳で人間の常識を超える奇跡をおこなってきたエリックがただひとつ、けっして手に入れることができないと思っていた「愛」を、その全身全霊をもって盗み出そうとする物語へと……。

「怪人」という言葉に秘められた非人間性――私たちはときに、自分の知識や常識で推し量ることのできないものに対して、無条件にその存在を拒否してしまう弱い生き物であるが、その「怪人」の理解しがたい心理を、私たちと同じ「人間」としてここまで深く掘り下げることのできた作品を、私はほかに知らない。(2002.12.11)

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