【早川書房】
『第一容疑者』

リンダ・ラ・プラント著/奥村章子訳 



 男性優位の体質が根強い社会や組織のなかで、それでも自身の才能を頼りに活躍していく女性を描いた作品は、たとえばメアリー・W・ウォーカーの『処刑前夜』『神の名のもとに』のシリーズに登場する犯罪ライターのモリー・ケイツや、乃南アサの『凍える牙』のシリーズに出てくる女性刑事の音道貴子、あるいはジョー・R・ランズデールの『サンセット・ヒート』で治安官となる女性サンセットなど、印象的な作品はいくつもあるが、こうした作品に登場する力強くたくましい女性たちが、一様に家庭生活という点ではうまくいかず、恋人と別れてしまったり離婚してしまっていたりするのをまのあたりにすると、実社会においてそれなりの地位を――とくに警察などの特殊な組織のなかで――確保していくことは、なかなか並大抵のことではないのだとあらためて実感させられる。

 もちろん、それは女性にかぎったことではなく、男性においても同様にあてはまることではあるのだが、男性の場合、そこには必ずといっていいほど、家庭全体をささえている女性の存在があり、男性はこころおきなく仕事に専念できるという仕組みができあがっている。それは、長年のあいだ私たちの住む人間社会が求めてきたひとつの理想の形ではあるが、その役割に自身を当てはめることのできない男女は、いつの時代でも皆無ではない。たとえそのときは社会的に成功していた男性であっても、もし女性側が家庭をささえるという役割を放棄したとしたら、けっきょくのところ上述の女性たちのように、その男性の家庭生活も同じような道をたどる可能性がある、ということでもある。それは逆にいえば、上述の女性たちのような立場にあったとしても、もし家庭に身を捧げる男性がいたとすれば、論理的には女性であってもこころおきなく仕事に専念でき、社会的地位を獲得できる理屈であるが、今度は男性側が社会的通念との摩擦に晒されることになる。

 本書『第一容疑者』に登場するジェイン・テニスンもまた、上述したような女性たちと肩を並べられるだけの経歴をもつ、たくましいキャリアウーマンのひとりである。みずから望んでサウサンプトン・ロー署の重大犯罪捜査課の主任警部として配属されたものの、その仕事内容は重大犯罪とは縁遠い、彼女にとってはじつに瑣末な仕事ばかりでうんざりしていたところだった。売春婦の住むアパートで起きた殺人事件のさいも、そのとき体の空いていたテニスンではなく、休暇中だったジョン・シェフォード主任警部をわざわざ呼び出して担当させたことに激怒していたが、そのシェフォードが急死するというアクシデントによって、ようやく彼女にも重大犯罪を担当する機会がおとずれることになった。だが、シェフォードを敬愛していたビル・オトリーをはじめとする署内の大半の刑事たちは――そして彼女の上司であるマイク・カーナン警視もまた――女性であるテニスンが主任警部として殺人事件捜査の指揮をすることに保守的な態度を崩そうとはしなかった……。

 警察組織は徹底した階級組織である。ゆえに、その経歴によって主任警部という地位を勝ち取ったテニスンの命令は、その下に属する刑事たちにとっては絶対のはずであるが、ここに他ならぬテニスンが女性である、という要素がからんでくることで、ずいぶん微妙な問題がはらまれてくることになる。ただでさえ、前任警部の死を利用して捜査に割り込んできた、というよくないイメージがあるうえに、警察という特殊な組織にありがちな、保守的な男性優位主義に色濃く染まっている上司や部下を相手に、まさに四面楚歌の状態で殺人事件を担当することになったテニスンが、いったいどうやってこの逆境を乗り越えていくのか、という点が、本書の大きな読みどころのひとつであることは間違いない。

 もちろん、売春婦を殺した犯人が誰なのか、そしてその動機は何なのか、という事件そのものの展開もまた、本書の主要な読みどころではあるが、本書の場合、その事件の展開もまた、言ってみればテニスンという女性警部の奮闘ぶりを強調するための一要素として従属させているところがある。じっさい、シェフォード警部が第一容疑者として身柄を拘留したジョージ・マーロウは、殺された売春婦が直前に性交渉をしていた人物として確認されていたが、完璧主義であるテニスンにとっては、あまりに性急すぎるマーロウへの起訴に疑問をもち、独自に調査した結果、シェフォードが被害者の身元を誤認していたことを突き止めることになる。そしてこの徹底した調査姿勢――あくまで確実な犯罪の物証が発見されるまでは、たとえどれだけクロに近い人物であってもあくまで容疑者のひとりとしてあつかうこと、そしてこと物証探しにおいては、自分にも部下にもけっして妥協を許さない厳しい態度が、過去に起きた売春婦殺害の未解決事件へと、思わぬつながりを見せはじめることになるのだ。

 言ってみれば、それだけジェイン・テニスンという女性の個性が強烈だということでもある。ただ完璧主義者であるだけでなく、自分の部下に対しても自分と同じだけの完璧さを求めてしまうこと、ともすると相手のことよりも自身の興味を優先させてしまう、自己主張の激しいところ――それはときに、周囲の人を押しのけてでも自身の主張を押し通してしまう強引さとつながって、読者から見てもずいぶん嫌なキャラクターとして映ってしまうところがあり、当初同棲していた恋人のピーターとの仲は、事件が進展していくにつれて悪化の一途をたどってしまうのだが、そうなった背景に、ピーター自身が警部としてのテニスン、本来の彼女の性格が男としてどうしても受けつけないところがあったとしているところなど、何気に著者のフォローが入っているのが、ちょっと微笑ましかったりする。

 私もひとりの男性であり、またひとりの人間として独立していきたいという気持ちもあるが、それと同じものを求めている女性といっしょに暮らしていくには、どこかで何かを妥協していくしかないのだろうと思っている。そしてテニスンという女性について言えるのは、彼女がけっして何かを妥協したりすることはないだろう、ということだ。おそらく、本書に対してどのような感想をもつかは、テニスンという女性に対してどれだけ共感できるか――あるいはどれだけ反発するかにかかっている。だが、ひとつだけ確実に言えるのは、そうしたテニスンに対する感情は、共感にしろ反感にしろ、それが強烈なものとして読書の心に残っていくことである。

 男に勝るとも劣らずバカスカ煙草を吸い、リキュールやワインなどよりストレートのブランデーを好んで呑み、恋人と過ごす時間でさえも事件のことが頭から離れない、男も真っ青のジェイン・テニスン――家庭的で料理も得意、もうすぐ三人目の子どもが生まれようとしている妹のパムとは、まさに正反対な彼女を、はたしてことさら男に対抗しようとしている女性ととらえるか、それともひとつのありうる個性としてとらえるか。その判断は、とりあえず読者にゆだねたいと思う。(2005.10.24)

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