【朝日ソノラマ】
『星のパイロット』

笹本祐一著 

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 今でこそコンピュータそのものの性能は飛躍的にアップし、私のような者でもコンピュータ・プログラムをガリガリとコーディングし、デバッグやテストなども簡単にできるようになったが、ひと昔前までは、コンピュータ・プログラムの仕事というのは多分に職人芸的な才能を必要とする分野だった。たった1本のプログラムを実行するのに何時間もかかってしまうCPUや、利用できるメモリーやハードディスクの容量が嘘みたいに小さく、テープやパンチカードといった補助記憶装置が現役で活躍していた時代において、コンピュータ・プログラムに要求されるのは、いかにプログラムの実行時間を短縮し、より効率の良い容量の使い方ができるか、ということであり、そのためにプログラマーは、プログラムの一行一行にいたるまで細心の注意をはらい、机上テストを何度も繰り返し、まったく無駄のない、芸術的なプログラムを組み上げるために日夜努力してきたのだ。

 現在、プログラムを組むにあたって、コンピュータの処理速度やメモリーの容量などを気にする者はほとんどいない。ハード的な環境の進歩は、プログラマーたちを無意味な労力や時間から解放することには成功したが、同時に彼らがたしかに持っていたはずの洗練された技術は、時代遅れの代物へとなりはててしまった。そのことにちょっとした寂しさを覚えるのは、はたして私だけだろうか。

 本書『星のパイロット』は、宇宙開発やロケットの打ち上げを民間企業が請け負うようになり、その分野において少しでもイニシアティブを勝ち取ろうと各社がしのぎを削っているという、かつてのアメリカの西部開拓時代を彷彿とさせる世界を舞台にした物語である。カリフォルニアに広がる砂漠のど真ん中に位置するハードレイク空港に、管制官の制止を無視して度肝を抜くようなアクロバット飛行の末に着陸した小型ジェット戦闘機――その機体を操縦していたのは、どう見ても子どものようにしか見えない、小柄な女の子だった。彼女の名前は羽山美紀。航空宇宙会社のひとつ「スペース・プラニング」が請け負ったあるミッションのために急遽雇い入れた、宇宙飛行士の資格をもつ立派なパイロットだった……。

 燃料の節約のためにハードスケジュールで機体をすっ飛ばし、ガス欠寸前の機体に制動をかけるために「プガチョフ・コブラ」と呼ばれる荒業を成し遂げる――美紀が見せつけたダイナミックな飛行テクニックは、たんに美紀というキャラクターの印象的な登場シーンを演出するだけでなく、この物語世界における宇宙開発事業に関する実情を、なによりも雄弁に物語っていると言える。それは、ロケットの打ち上げがあいかわらず金食い虫である、ということ――もちろん、それまで政府の専売特許だったものが民間でも扱えるようになるほどに、技術的なコストダウンが実現できてはいるのだろうが、あくまで利益追求組織である企業が存続していくためには、技術革新によるコストダウンに頼るよりも、マンパワーに頼るところが大きい分野である、ということであり、まだまだその道の職人が活躍できる場が残されている、ということでもある。

「宇宙空間てのは、そもそも、まっとうな手段でたどりつける場所じゃねえんだ」

 個人個人がそれぞれ卓越した技術と、その技術に対する強い信念やプライドを有しているがゆえに、ひとクセもふたクセもある個性派ばかりで構成されている集団――川端裕人の『夏のロケット』や、野尻抱介の『ロケットガール』などを例に挙げるまでもなく、この手の作品に登場する人たちは、いずれも強い個性で彩られている場合がほとんどだが、本書においてもそれは例外ではない。飛行時間が三万時間以上という怪物的な記録と、それを裏づける確かな飛行技術をもつ熟練の黒人パイロットであるGGことガルビオ・ガルベスや、ふと気がつくと勝手に飛行機をハイスペック仕様に改造してしまう根っからのメカニックで、ちょっとオカマが入っているヴィクター、車椅子というハンディキャップをものともせず、誰もが信頼を寄せるハードレイク空港きっての少年オペレーターのマリオ、そして、そんな社員たちを一手にまとめあげ、経営において適切で迅速な判断をくだすが、寝起きだけはひどく悪い女社長のジェニファーといった人たちに混じって、美紀は来るべきXデー ――打ち上げ予定日時に臨む。

 本書はいわば、この後につづくシリーズの序章として位置づけられる作品であり、そのためか物語そのものはいたって地味な内容でまとまっている。最初の登場シーンを除いて、あとはミッション本番に向けての訓練や機体の調整といったシーンで占められていくが、航空力学やロケットに関する並外れた知識に裏打ちされた、リアリティ溢れる飛行シーンなどは一読に値するものだ。もっとも、物語的には美紀の実質的な宇宙飛行歴がゼロであることがチームにバレてひと騒動、というイベントがあったりするが、そうした不測の事態に対してジェニファーやGGが示した、けっして責任追求といった不毛な議論に陥ることのない、いかにも職人気質らしい対処方法もまた、読んでいてなかなか気分の良いものがある。そしてなにより、美紀自身の宇宙に対する強いあこがれ――けっして人ひとりの力では、そして「まっとうな手段」ではたどりつけない未知の領域に、チームが一丸となって挑戦するというというシチュエーションに、ロケット打ち上げほどふさわしいものはない、とあらためて思い知らされる。

 はたして、美紀の宇宙へのファースト・フライトはどのような結末を迎えることになるのか? 小さな体に大きな夢を詰め込んだ彼女の奮闘記にぜひ注目してもらいたい。(2003.04.11)

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