【講談社】
『ガリバー・パニック』

楡周平著 



 つい二、三年ほど前に放映されていたと思うのだが、特撮ヒーローの代表作「ウルトラマン」シリーズとしては久しぶりの復活で話題を呼んだ「ウルトラマンティガ」の中で、それまで小さくておとなしかった愛玩動物が、突如巨大化してしまう、という話があった。毎度のように地球(しかも東京近辺)に出現し、毎度のように街を破壊していく巨大怪獣――そんななか、この回の話は「何をもって怪獣とみなすのか?」という深いテーマを突きつけた、なかなかの秀作だったのだが、その深いテーマは、ある隊員のひとりが発した言葉によって、あっけないほど簡単に結論づけられてしまう。

「それは、大きさだ」と。

「大きいことはいいことだ」などと、いったい誰が言ったのか――無害なはずの愛玩動物も、その全長が数十メートルという大きさになれば、やはり人類にとっては大きな脅威となる。だが、その隊員が導き出した答え、つまり「大きさ」が怪獣かどうかを決める唯一の尺度であるとするなら、もしも巨大化したのがごく普通の人間だった場合、彼の存在はやはり怪獣ということになってしまうのだろうか。

 ここまで読んでくれた人は、もしかしたらすでに勘づいていらっしゃるかもしれない。あるいは、本書のタイトルを目にした瞬間から「まさか」と思ってしまったかもしれない。そう――本書『ガリバー・パニック』は、「ガリバー旅行記」でその主人公が体験した出来事の現代バージョンなのである。千葉県の九十九里海岸に突如出現した謎の巨人――しかもそれは、ただの巨人ではない。黄色いヘルメット、「熊田工務店」と縫い取りされた作業服、足には地下足袋を履き、首にはピンクのタオルを巻いた、どこから見てもただの土木作業員であるはずの人間が、身の丈百メートルという巨人となって出現するという、オカルトなのかギャグなのかなんとも区別のつけづらい展開となっている。

 本書はいわゆる「たったひとつの嘘」を盛り込んだ形の小説だ。もちろん、嘘なのは「人間が巨人になる」というシチュエーション。だが当然のことながら、それ以外の要素はすべて、現実世界を忠実に再現しなければならない。するとどういうことが起こるのか? 巨人というメタフィクションを中心に、数多くの人間が、その異常な出来事を前に右往左往することになるのだ。非現実をまのあたりにし、それがまぎれもない現実だと認識しなければならなくなったとき、人はいったいどのような想いを抱き、どんな行動を起こすのか――本書の醍醐味は、まさにその一点にあると言えよう。

 ひとりの巨人の出現に、日本じゅう、いや世界じゅうがまさに大パニックだ。 なにしろ身長百メートル、歩けば辺り一帯に地響きをおこし、叫べば空気を裂く大音響となり、首のタオルを振りまわそうものなら、猛烈な突風で何もかも吹き飛ばしてしまいかねない。当然のように完全武装の自衛隊が出撃することになるのだが、巨人はなんと、普通に人間の言葉を理解し、博多弁で言葉をあやつる、上田虎之助という名のまぎれもない日本人であることが判明し、むやみに攻撃することもできなくなってしまう。そうなると事はやっかいだ。各省庁は巨人の面倒をどこがみるのかで揉めに揉め、政治家たちはこの前例のない事態に完全に立ち往生――そんな彼らの姿は、巨大であるというただそれだけで、ときにその存在が周囲を圧倒し、どこか神々しい雰囲気さえ漂わせる巨人・虎之助と比べると、あまりにちっぽけで、滑稽でさえある。

「ガリバー旅行記」というと、とかく小人の国の話ばかりが有名になっているところがあるが、その他にも、たとえば自分が小人になってしまうという巨人の国の話や、歴史上の有名人物が時間を超えて共存している国の話、また美しい自然のなかで馬が生物の頂点に君臨している国の話など、さまざまな逸話で構成されている。それらの話を通して一貫しているのは、人間という種の傲慢さ、浅ましさ、そしてそれらの欲望が生み出した、他の多くのものを犠牲にしなければ成り立たない文明に対する問題提示であったわけだが、本書においてもそれらの要素は色濃く残されている。巨人になってしまったのが、どこかの会社の社長とか知識人とかではなく、頭は良くないかもしれないが、純朴で人情に厚い虎之助という土木作業員であった、という設定は、本書のテーマを考えるとじつに周到な選択であったと言えるが、その虎之助の存在、そして何よりその圧倒的なパワーが、あらゆるビジネスの可能性と結びついたとき、本書のテーマはよりいっそう強調されてくる。ある意味、本書ほど純粋なパニック小説は珍しいのではないだろうか。

 だが、本書はけっして人間の愚かさばかりを強調しているわけではない。世界じゅうの人間が虎之助の生み出す利権にむらがるなか、以前と変わらないで自分のやるべきこと、正しいと思ったことをやろうとする人たちにも、しっかり目を向けているのだ。なにより虎之助の存在が、その典型だろう。自分が巨人になってしまうという、あまりに理不尽な状況に、それでも恐慌をきたすわけでも、自棄になって暴れるわけでもなく、なってしまったものは仕方がない、というある種の達観でもって、巨人だからこそできる数々の仕事を黙々とこなしていく虎之助――はたして、虎之助はなぜ巨人になってしまったのか、そして元の姿に戻る手だてはあるのか?

 大きければそれだけで怪獣である、という、冒頭で述べた理論――本書を読み終えて私が思うのは、虎之助はやはり怪獣だったのだ、ということである。彼はけっしてゴジラのように、破壊の化身となって暴れまわったわけではない。だが、彼という存在が世界に与えた影響は、やはり計り知れないものであり、欲に駆られた人間の、そしてその集大成である文明の何かを破壊したのである。そんな彼が最終的に、その世界に残していった唯一のもの――その思わずニヤリとさせられてしまう、なんとも皮肉な結末をぜひとも味わってもらいたいものである。(2000.04.14)

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