【早川書房】
『機龍警察 自爆条項』

月村了衛著 

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 裏切るという言葉のもともとの意味は、合戦のような敵味方がはっきりしている状況において、味方だったはずの兵士が寝返って敵の兵士となるような行為のことを指す。自軍の戦力が減り、敵の戦力が増えるというのみならず、自軍の情報を敵に知られてしまうという意味でも、大きな損失を相手にもたらすのが裏切りであり、それゆえに裏切りというのは忌み嫌われる行為でもあるわけだが、それは言い換えるなら、誰かに裏切られたという感覚の大元には、その人物に対するなんらかの期待がかならず含まれている、ということでもある。たとえば、一身上の都合で会社を辞めてしまう者に対して、もし「裏切り者だ」という感覚を抱いてしまうのであれば、彼は少なくともその人物に対して、会社のなかでしかるべき地位を得るはずだと期待していた可能性がある。場合によれば、そのためにいろいろと便宜を図ったり、成長のための手助けをしていたかもしれない。

 それまで勤めていた会社を辞めたというだけでは、本来的な意味での「裏切り」ということにはならない。だが、その人物に対してなんらかの期待をいだき、そのためにいろいろと投資をしてきた人たちにしてみれば、そうした行為が無駄になったに等しい。そうした有形無形の「期待」を裏切られたという感覚があるからこそ、彼は「裏切り者」となってしまうのだ。そしてそうした感覚は、自身の属する組織に対して深い愛着をもつ者であればあるほど強くなっていく。今回紹介する本書『機龍警察 自爆条項』は、前作『機龍警察』からつづくシリーズの二作目にあたる作品であるが、本書を象徴するキーワードがあるとすれば、それは「裏切り」ということになる。

 裏切り者。この言葉が一番きつい。警察官としての誇りを抱いて職務に励めば励むほど、警察内部で白眼視される。最も理解してほしい身内に理解されない。

 横浜港大黒埠頭で発生した、武器密輸未遂事件――その「武器」がほかならぬ機甲兵装であったこと、そして密輸犯のひとりによって引き起こされた無差別殺戮および自殺が、それを装った関係者全員の口封じにあったこと、さらには似たような手口の密輸が別の港で複数回行なわれていた形跡があることを突き止めた警視庁特捜部は、今回の事件が日本国内での大規模なテロ計画の一端であることを突き止める。

 戦争が世界大戦という形から地域紛争や局地戦という形へと移行し、それにともなって使うに使えない大量破壊兵器が衰退、これに代わって市街地での近接戦闘を主眼とした兵器が高度な発達を遂げることになった近未来、機甲兵装によるテロに唯一対抗しえるのが沖津旬一郎を中心とする警視庁特捜部(SIPD)――通称「ポリス・ドラグーン」であり、特捜部が所有する特殊強化兵装「龍機兵」は、五年先を行く次世代型の機甲兵装だ。だが特捜部の捜査は、今回の事案の背後にテロ組織であるIRFの関与があること、そしてその目的が極秘来日することになっているイギリス高官の暗殺にあることまでは突き止めたものの、思わぬところからの横槍によって以降の捜査の中止を余儀なくされる。

 警視庁という名を冠していながら、警視庁のどの部局にも所属しておらず、独自の専従捜査員と「龍機兵」を駆る突入要員を抱える特捜部が、その独立性と、設立にいたるまでの紆余曲折ゆえに、警視庁の他の部局からは蛇蝎のごとく忌み嫌われる立場にあることは、前作からの伝統とも言うべきものであるが、そうした逆境に対してあくまで沈着に、そして大胆な方法を駆使して最後には自身の意を押し通してしまうのが沖津旬一郎というキャラクターであることも同様である。今回の件にかんしても、あくまで捜査員を引き上げさせながらも、突入要員の三人に「巡回」という名の捜査を続行させたり、それとは別名義で発生した事案を絡めたりしながら、本命の捜査を続けていくことになるのだが、そうした特捜部の手腕もさることながら、それ以上に本書の読みどころとなっているのが、突入要員のひとりであるライザ・ラードナー部付警部の過去である。

 私は本書のキーワードが「裏切り」であると上述した。元IRFのテロリストでありながら、そのIRFを抜け、よりによって日本の警察に収まってしまっているライザは、その存在自体が「裏切り」によって彩られているようなところがある。特捜部のなかでも、とくに個性的なキャラクターである三人の突入要員――そのなかでも、無愛想を通り越して虚無的でさえある雰囲気を崩さない彼女にとって、そのIRFが絡む今回の事件は、特別な意味をもつものである。なぜなら秘密裏に日本に潜入したIRFメンバーの目的が、イギリス高官の暗殺が第一の目的とするなら、「裏切り者」たるライザの「処刑」が第二の目的であることを、かつての同志、<詩人>キリアン・クイン本人から宣告されているからである。

 こうして物語は、IRF対特捜部という本筋の流れのなかに、ライザの過去という別の主軸が交じり合うような形で進んでいくことになる。北アイルランドの首都ベルファストで生まれ育ったひとりの少女が、いかにしてIRFのテロリストとなり、そしてなぜそこから抜け出すことになったのか――はるか過去から連綿と続く恨みと憎しみの連鎖、そして裏切り者としての家系の運命に絡み取られ、心にけっして癒えることのない傷と闇をかかえこんでしまったライザの壮絶な過去は、それだけでも物語として充分な読み応えをもつものであるが、それ以上に見事なのが、本書の本筋の流れのなかに、ライザの過去そのものが大きな伏線として生かされているという点である。

 イギリス高官の暗殺、ライザの処刑、そしてさらなる「第三の目的」――IRFのなかでは伝説とまで言われるテロリストのキリアンが絡んでいるとはいえ、今回の敵のかかげる目的は、そのひとつひとつを取り上げてみると、いずれも同時並行で行なうにはいささか荷が重すぎるように思える。だが本書を読み進め、敵の計画の全容があきらかになっていくにつれて、それがまさにライザという「裏切り者」ありきで打ち立てられた、とんでもなく周到で、人の心をとことん利用するものであることが見えてくる。ライザの過去が、たんにキャラクターの掘り下げ以上の役割をはたし、それが物語全体の完成度を底上げしているという意味で、その構成の妙は脱帽ものである。

 さらに、ライザ個人の運命についても、本書ではそれにふさわしい結末を用意してあるのだが、そこに重要な役割をはたす人物として、「龍機兵」の整備などにあたる技術主任の鈴石緑の存在がある。彼女の家族は、IRFが引き起こしたテロの犠牲になっており、もとIRFでありながら、今もなおのうのうと生き延びているライザに深い憎しみをいだいている。そのあたりの関係は前作でも指摘されていたものであるが、ライザの過去が大きな鍵となる今回の事件をつうじて、このふたりの心情にどのような変化が生じるかについても、大きな読みどころのひとつとなっている。

 未知の友人は常にいる。一番悲しむべきことは、本来なら友人になれるはずの人とそうなれないことだ。

 かつて<死神>と呼ばれ、死と悪運をともに連れていると言われたライザ――うまく飼いならさなければ自分が死ぬことになるそれらふたつが、最後の最後にどのような結末をライザに見せることになるのか、IRFの秘められた「第三の目的」もふくめ、きわめて完成度の高いその物語をぜひ堪能してもらいたい。(2013.07.14)

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