【早川書房】
『銀河おさわがせ中隊』

ロバート・アスプリン著/斎藤伯好訳 



 2004年にメジャーリーグで日米通算2000本安打というとてつもない偉業を達成したイチローは、たしかにすごい野球選手であることは誰の異存もないところであろうが、イチローが現在、これほどの活躍を成し遂げることができた背景には、その才能をいち早く見抜き、開花させていった仰木監督や河村バッティングコーチの存在が大きい。その証拠に、それ以前のイチローは、バッティングフォームなどで監督たちと対立することが多く、オリックスの一軍と二軍を行き来する日々をおくっていたという。また、シドニーオリンピックの女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子にも、小出監督という名コーチがいた。彼の尽力なくして高橋尚子の金メダルはありえなかった、というのは有名な話でもある。

 世の中にはさまざまな才能をもつ人たちがいるが、何かに対して特記すべき才能をもっていたとしても、みんながみんなすごい活躍や歴史に名を残す偉業を成し遂げることができるというわけではない。イチローに対する仰木監督や、高橋尚子に対する小出監督のように、その埋もれた才能を発掘し、その才能を発揮させるにふさわしい場を用意する、そんな導き手の助力が必要なときもある。いや、むしろそんな才能の導き手のほうが、才能ある者たちよりも、価値としては上であるのかもしれない。なぜなら、人というものが多分に利己主義的であるなかで、彼らはその思惑とは別に、自分以外の何かのためにすべてをかけ、行動することができる人たちであるからだ。

 本書『銀河おさわがせ中隊』における、通称「オメガ中隊」とその中隊長となったウィラード・フールの関係も、上述の選手と監督の関係にきわめてよく似ている。もっともフールの場合、彼が所属する宇宙軍であるとんでもないミスを犯した結果、いわば懲罰としてその辺境惑星ハスキンに駐在するオメガ中隊――クズの吹き溜まりと言われる宇宙軍のなかでも、さらに落ちこぼれとはみだし者ばかりという問題だらけの隊の中隊長に任命されたのだが、ようするに本書は、このひとクセもふたクセもある隊員たちを、なんとかして立派な軍隊として仕立て上げるべく、奮闘努力するフールの物語である。そういう意味では、たとえば室積光の『都立水商(おみずしょう)!』『ドスコイ警備保障』と構成上は似かよっていなくもないのだが、ひとつ特記すべきなのは、フールが銀河最大の武器製造会社フール・ブルーフの跡取り息子であり、また億万長者でもあるという点である。

 父は、ぼくに“正しい人生の道”を歩ませようとして、よくこう言ったものだ――いいか、大事なのは結果だ。自分の人生に必要なもの、あるいは、あった方が望ましいと思うものなら、使えるだけの道具や武器を利用して手に入れたとしても、なんにも悪いことはない。

 フールはその無尽蔵ともいえるポケットマネーを、中隊のために惜しげもなくつぎ込んでいく。中隊専用の通信機や武器弾薬の確保はもちろんのこと、それまでのゴミ溜めのような宿舎を土地ごと買い取って新しい施設に改築したり、そのあいだ中隊全員を高級ホテルに宿泊させたりと、まさに大盤振る舞いであるのだが、いっけんすると金にモノを言わせるようなやり方を押し通すフールが、それでもけっして悪い印象を読者に与えることがないのは、彼が金持ちにありがちな「金がすべて」という考えではなく、金というものは、自分がこうと決めた事柄を達成するための、あくまで一手段に過ぎないという姿勢を崩さないからにほかならない。

 だからこそ、フールは中隊員たちを金で買収するようなことはけっしてしない。その個性豊かなキャラクターたちと、あくまでひとりの人間として一対一で接し、彼らの心を団結させることを厭わないし、この落ちこぼれ集団を立派な軍隊に鍛えなおすためなら、自分から泥まみれになるような作業もおこなう。必要であれば政治的駆け引きを辞さないし、ときには脅迫まがいのこともやってのける。そしてその尽力は、すべて自分が中隊長となった隊を立てなおすこと、その一点に費やされている。非常にスマートな人柄であるフールであるが、何かを――たとえ、それがどんなに困難なことであっても――成し遂げることへの執着心は、ある意味で異常ですらある。だが、その異常な執着心から生まれてくる無尽蔵のエネルギーが徐々に中隊員たちの心に浸透していき、ついには正規軍のエリート集団とも互角に渡り合ったり、エイリアンの侵入に対して軍隊としての責務を立派にはたしたりする姿は感動的でさえある。

 背の低さを指摘されるたびに誰彼かまわずケンカをふっかけずにはいられないスーパー・ナット、冷笑家のブランデー、軍の武器を密売したり、仲間の荷物からちょっとした品を失敬したりするクセのなおらないチョコレート・ハリー、人前ではほとんど何も喋れない極度の恥かしがりやのローズ、その外見とは裏腹に、高度な知能をもち学問を愛するボルトロン人のタスク・アニニなどなど、困った性格の持ち主である中隊員たちと、ありあまる金と情熱でどんな困難も乗り越えていくフール――このふたつの要素がぶつかりあったときにおこる、奇跡のような化学反応の様子を、フールの執事であるビーカーが、執事日記という形で書きつづっていく。そんな形式で物語が進んでいく本書は、長年彼につかえてきた執事であるがゆえに、きわめて抑制のきいた視点がほとんど崩れることがない。フールのそうした執着心同様、この執事のある種の徹底した職人気質もまた、本書の登場人物たるにふさわしい個性だと言えるだろう。そんな彼らの活躍をぜひとも楽しんでもらいたい。(2005.03.21)

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