【早川書房】
『大いなる旅立ち』

デイヴィッド・ファインタック著/野田昌宏訳 



 無限に広がる大宇宙という名の海原を、颯爽と突き進んでいく宇宙船――それは、SFという言葉がもつイメージとしてはもっともポピュラーなものであり、かつもっとも人の心を刺激する光景でもあると言えるだろう。なぜなら、宇宙船というのは、人類の英知を象徴するものであるからだ。絶対零度の真空世界――生身の人間が一瞬たりとも生存することのできない、過酷な死の世界である宇宙空間から人間の生命を守り、さらにいわゆる「光速の壁」を克服し、何百光年もの距離をきわめて短時間で行き来することのできるテクノロジーを備えた、いわば克服すべきあまりにも高いハードルをついに乗り越えることのできた、人類の素晴らしい英知の結晶、それこそが宇宙船なのである。

 かつて数多くの作家が、宇宙という未知の空間へと勇敢に旅立っていく夢を抱いて、数多くの宇宙船や宇宙艦を製造し、さまざまなワープ理論や未来のエンジン装置を開発し、そしてそこにいろいろな人間ドラマや感動的なストーリーを展開させていった。そのなかで、宇宙船はあくまで登場人物たちが乗りこなす乗り物の一部、私たちでいうところの自動車のようなものとして、わりとお手軽に用いられているものが多かったように思う。田中芳樹の最高傑作でもある『銀河英雄伝説』においては、司令官の指揮のもと、見事に統制のとれた動きで何百という宇宙艦隊が宇宙狭しと動きまわり、ビーム砲を撒き散らしていた。だが、もっと実際的なことを考えれば、一隻の宇宙船が存在するとして、その船を正しく操縦し、目的地にまで無事たどりつかせるには、おそらく私たちの想像をはるかに上回る努力と苦労があるはずなのだ。なにせ周りは宇宙空間、ちょっとした気のゆるみから生じた小さなミスが最悪、船そのものを破壊してしまうことにもなりかねないのであり、もしそうなれば、乗組員の命は確実に失われてしまうのだ。

 本書『大いなる旅立ち』は、ある一隻の星間宇宙艦<ハイバーニア>の、地球〜植民惑星ホープ・ネーション間の航天(本書では航海ではなく「航天」という訳があてられている)での出来事をとりあげた物語である。時は西暦2194年、ハーグ艦長ひきいる<ハイバーニア>は、超光速宇宙航行「N波航法」も含めた片道十七ヶ月の航天を順調に続けていた。だが、その艦に先任士官候補生として乗り込んでいたニコラス・シーフォートにとっては、今回の航天こそが彼の人生を大きく変える出来事を引き起こすことになるのである。士官候補生の先任として候補生たちをとりしきるかたわらで、宙尉たちによる、前時代の海軍を思わせるような、いじめにも近い「しごき」に耐えるというサンドイッチ状態をもてあまし、艦のドッキング・シュミレーションでは何度も艦を大破させ、N波航法の理論がどうしても理解できず、艦を走行させるための計算が人一倍苦手なニコラスは、自分には宇宙船乗りの適性がないのではないかとさえ思っているのだが、しかしその航天の途中に立ち寄った遭難船<セレスティナ>で起きた不慮の事故で艦長とふたりの宙尉を失い、ただひとり残ったマルストロム宙尉もまた重度の黒色腫Tを患って死亡、<ハイバーニア>が航天途中の宇宙空間で立往生してしまうという異常事態を前にしたとき、残されている選択肢は、軍規に従って自分が艦長として<ハイバーニア>を指揮し、とにかく目的地まで航天をつづけるしかない、ということを悟らざるを得なかった。かくしてここに、弱冠十七歳の艦長ニコラス・シーフォートが誕生することになる。そして、それは同時に、これからの航天で<ハイバーニア>を待ちうける、さまざまな困難を暗示するものでもあった……。

 本書に登場する宇宙船は、正式には国連宇宙軍の軍艦であり、乗組員は乗客をのぞいてすべて軍人ではあるが、装備はお飾り程度のレーザー砲をもっているのみの、いわば貨物船、定期連絡船も同然なのだ。当然のことながら『銀英伝』のような艦隊同士の激しい砲撃戦や、スペースオペラでよくあるような、高性能宇宙船を乗りこなす主人公たちの大立ち回りといった派手なアクションがあるわけではなく、どちらかというと地味な展開がつづくことになる。だが、それでも本書が宇宙を舞台にしたSFとして充分な読みごたえを持っていると断言できる理由のひとつに、宇宙船という複雑な装置、そしてそれを運用する人達によって構成される特殊な社会機構について非常に深く考慮されており、船内における生活様式や厳格な身分制度、また密閉された空間で長時間過ごすことで生じるさまざまな問題などにしっかりと目を向けることで、宇宙船という、現時点では架空の存在にリアリティーを持たせることに成功している点が挙げられる。

 じっさい、にわか艦長となったニコラスの孤軍奮闘ぶりを見れば、宇宙船一隻を安全に操縦することがいかに大変な作業なのかを実感することができるだろう。ただでさえ艦長としての実経験は無きに等しいニコラスだ。当然、乗客の不安は大きくなるし、乗組員の心を完全に掌握しているわけでもない。それに加えて艦搭載コンピュータ<ダーラ>には深刻なエラーが発見され、館内の水兵は暴動を起こし、立ち寄ったステーションでは艦を乗っ取ろうとたくらむ暴漢に襲撃され、あげくのはてに地球外生命体と遭遇したりと、まさにトラブル続きの航天が彼を待っているのである。しかも、艦長という職にある以上、だれかに相談を持ちかけることもできない。絶対の権力をもつがゆえの、艦長の孤独――その圧倒的な重圧感に押し潰されそうになりながら、それでも逃げずに立ち向かい、決断することで、なんとかそれらの困難を克服し、少しずつ乗組員たちの信頼を勝ちとっていく。そしてそれは、軍規を遵守することばかりに重きを置き、なにもかもを完璧にこなそうとするあまり、自己嫌悪ばかりしてきた未熟な少年の心を少しずつ成長させ、真に有能な艦長として、また一個の大人としての自己を確立させていくことにもつながっていく。そういう意味で、本書は宇宙船の航天を描いた物語であると同時に、ニコラス・シーフォートという少年の成長を描いた物語でもあると言えるだろう。

 それにしても、このニコラスという人物の堅物さには、ちょっと目をみはるものがある。そもそも彼が艦長という座につかなければならなかったのは、不慮の事故が続いた、という偶然が重なった結果であることは確かだが、それ以前にニコラスが軍規や任務というものにあまりにも忠実であろうとした結果でもあるのだ。その堅物さゆえに、一時期は恋人であるアマンダとの仲も疎遠になったくらいである。そして、それゆえに読者はあるいは、彼にそれほどの魅力を感じることができないかもしれない。ただ、クソ真面目の度が過ぎて自分で自分の首をしめているようなところのあるニコラスの心に、その年齢にふさわしい無邪気さや繊細さがちゃんと宿っていることを忘れてはならない。どなりちらしたり、かんしゃくを起こしたり、かと思えば悪人顔負けの冷徹さを見せたり、深刻そうな顔で悩んだり、子どもみたいにはしゃいだり、といったニコラスのアンバランスさ―― 一歩間違えればただのつまらないキャラクターになってしまいかねない微妙な性格を、どこか憎めないキャラクターとして周到に描くことに成功した著者の力量は、まさに賞賛に値するだろう。

 人類の長年の夢でもあった宇宙旅行――それが現実のものとして目の前に差し出されたとき、そこに新しい世界が展開し、新しいドラマが生まれてくるのは当然だといえるだろう。だが、そのもっとも基本にあるのは、やはり宇宙船なのだということを、本書は教えてくれたような気がする。その宇宙船と、そこに乗船する乗組員とともに、ニコラス・シーフォート艦長の成長する姿を、ぜひとも見てやってほしいものである。(2000.05.05)

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