【文藝春秋】
『読者は踊る』

斎藤美奈子著 



 たとえば、私は自分でもそれなりに読書好きだという自覚をもっている者であるが、それでも年間に読むことのできる本はせいぜい百冊を少し越える程度のものでしかなく、世の中に流通している本の数からすればほんのわずかな点数でしかない。しかし、まがりなりにも自分のホームページをもち、そこに自分の読んだ本の書評などを載せつづけていくだけの自尊心だけはもっているだけに、最近巷で話題になっている本、とくに文芸書に関してだけは最低限押さえておきたい、という気持ちはけっこう強かったりもする。というよりも、知り合いの本好きたちがこぞって話題にしている本を、自分だけが読んでいなかったりすると、「ひょっとして俺って、流行に乗り遅れてる?」と不安になってしまったりするのが本当のところなのだ。ようするに、私もまた小心者な読者のひとり、というわけである。

 というわけで、読みたいと思う本は無数にあるにもかかわらず、じっさいに読むことのできる本は時間的にも限られてしまうという現実をまのあたりにすると、どうしても本に関するガイドブック、それも、とりあえず目を通しておけば、その本についてあたかも何もかもわかってしまったかのような気にさせてくれる本というものに、ついつい手がのびてしまうわけだが、本書『読者は踊る』は、まさにそんな「知ったかぶりたい」人にはうってつけの本だと言うことができる。

 本書はおもに90年代後半あたりに一世を風靡したさまざまな事柄について、著者が独自の小論を展開していく、というよりも、その話題性自体を本とともに笑い飛ばしてしまう、という超辛口評論なのだが、まず驚かされるのが、その徹底した濫読ぶりである。タレント本からグルメガイド、科学系の本、図鑑、サブカルチャー、はては辞書や聖書にいたるまで、とにかく話題になった分野の本であれば、その関連本もふくめて片っ端から読みあさる。本人は自身のことを「そんじょそこらの読者」などと語ってはいるが、普通の読者はとうていそんな突っ込んだ読書はしません。しかも著者の読書は、たんにトレンドを追いかけるというものではなく、そのトレンドの背景にあるものについて、鋭く見通そうとするものがある。

 同じジャンルをあつかった本を何冊も読み比べていくことによって、そこに思いもかけない共通点や相違点を見出していく、という本書の展開は、じつは「知ったかぶりたい」読者がてっとり早く押さえておきたいと思っているポイントを、的確にとらえている(ように見えてしまう)のだ。しかも、そのポイントが流行本に対して、ちょっと斜に構えたような、流行にまんまと踊らされてしまっている風潮をこきおろすような論調であれば、私のような小心者な読者としてはたまらないものがある。ご丁寧なことに、本書はしばしば読者にわかりやすいように、そのポイントを箇条書きにして説明してくれるし、ただたんに個人の好き嫌いで終始することなく、多数の本を読み比べ、あくまでその好き嫌いの根拠について解説を試みるという姿勢を崩さない。私などはよくそこまで本を深読みできるものだと羨ましくなってくるし、じつのところ著者は、自分で思っている以上に読書好きなところもあるのではないか、と勘ぐってしまうほどである。

 小学生の私がいつも顧慮していたのは、「わたしはどう思ったか」ではなく「大人はどうすれば喜ぶか」だったもんなあ。教師のニーズを熟知して、それに応えるのが作文/感想文をクリアする秘訣だと思っていたし、実際そういう姑息な、いや合理的な方法で義務教育の九年間を乗り切った。

 小中学校の夏休みの宿題としてかならずといっていいほど出される読書感想文にかんしてさえ、それを提出する側の心理を見通そうとする著者の読書、というよりも本にたいする考え方の根底にあるのは、本はあくまで商品であり、その時代時代のニーズを取り込んでは消えていく消耗品である、という捉えかたである。そしてその捉えかたは、あまり誰も表立って言うことはないものの、じつはきわめて正しい捉えかたでもある。そういう意味では、作家の石田衣良と似たような割り切り方をしている人でもあり、著者が石田衣良の作品についてどのような感想をもつのか、というのはけっこう楽しみな部分もあるのだが、それはともかくとして、ひとつだけたしかなのは、著者には文学性であるとか、専門知識や権威といったものにごまかされることのない、たしかな現実的視点をもっている、ということである。それは言い換えるなら、余計な知識をもっていない一読書人、つまり私たちのような普通の人の感覚をあくまで持ちつづけている、ということでもある。そして一読者にとって何が大切なのかといえば、それはひとえに、その本がひとつの読み物として正しいものであるか、という価値観だ。だからこそ本書は、ある本についてその宣伝しているもの、ウリとしているものと、じっさいの本の中身とがどれだけ矛盾しているか、という点についてことのほか厳しい視点をもっている。

 人間というのはえてしてはやり物には弱いものだし、とくに日本人ともなれば、最近のトレンドを知らないと話についていけなくなるのでは、という奇妙な強迫観念に駆られるところがある。だがそのいっぽうで、流行というものに安易に迎合することに抵抗したいという妙な自尊心ももっていたりする。本書の内容は、最近のトレンドを追いつつも、それにけっして迎合しないという姿勢を貫いており、まさに私をふくめた読者の複雑な心を揺さぶってくれる。じっさいに本書を読んでいくと、著者が注目しているのは流行の内容ではなく、なぜ今、それが流行しているのか、という点なのだということがよくわかる。良くも悪くも、著者は物事の裏側にある人々の心の内というものが見えすぎてしまうところがあるのだろう。そして、だからこそ本書は批判本でありながら、読者の心をとらえるのだ。

 ともあれ、タレント本と近代文学の私小説の流れを結びつけ、誰もが批判しづらいと思っている本についても容赦なくこきおろし、何かを語っているようでじつはほとんど何も語っていない科学本をバッサリと切り捨てていくその手法は爽快そのもの。しかし、本書冒頭にある二十の項目のうち、九つまであてはまってしまう「踊る読者」一歩手前の私としては、本書に喝采をおくりつつも、そんな私の反応も著者にとってはすっかりお見通しなのだろうなあ、と思うとなんとも複雑な気分なのである。(2007.01.21)

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