【アーティストハウス】
『夜明けの挽歌』

レナード・チャン著/三川基好訳 

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 自分が何のためにこの世に生まれてきたのか、という命題は、哲学的ではあるものの、同時にどこか青臭い、いかにも世の中のことを知らない若者たちが口にしそうなテーマでもあって、そうしたことを考えるのはなんとも気恥ずかしく思うような年齢になっている自分であるが、そうした気恥ずかしさとは裏腹に、おそらく何歳になっても、今後自身の境遇がどれだけ変わったとしても、そうした命題はやはり自分について回るのではないか、という予感もある。

 この命題の骨子は、自分という主観と、それをとり巻く世界との関係性をどうとらえるか、ということでもあるのだが、この「世界」という単位が、あくまでその人の主観に依存するものである以上、その対象はその人の成長とともに変化を余儀なくされる。小さい頃に夢みていた「大人になったら〜になる」という思いが、成長とともに自身の認識する世界が広がっていくにつれて、より現実に即した将来を考えるようになるのとよく似ている。そして主観の持ち主たる当人にとって、もっとも身近で、かつもっとも原初のものとして認識される「世界」が、家族である。

 幼い子どもにとって、家族という単位は認識しうる世界のすべてなのだ。だからこそ、その全世界たる「家族」から、無条件に愛されてきたかどうかは、世界との関係性を築いていくうえでこのうえなく重要な要素となりえる。なぜなら、家族に愛されているという認識は、自分がたしかにこの世界に生きていくことの重要な土台となるからである。逆に言えば、この認識が揺らいでしまうことは、同時にその世界を主観としてとらえる自分自身の存在も、また不安定になってしまうことを意味する。

 大学でわずかばかり学んだ物理学を思い出して、自分は慣性の法則に従っているのだと考えたことがあった。――(中略)――私はただ、外から力がくわえられるのを待っていればいいのだ。だがすぐに、この考えは幻想だと思い知らされた。幻想どころではない、欺瞞だ。

 本書『夜明けの挽歌』に登場するアレン・チョイスは、サンフランシスコの民間警備保障会社に雇われているが、その業務内容は要人の警護、つまりボディーガードの請負というものだった。ある日、ペアを組んでいた同僚のポールとともに、シリコンバレーの会社重役警護の任に就いていた彼は、ふとした油断から敵の襲撃への対応が遅れ、結果としてポールを死なせてしまう。彼とは仕事の相棒という以上に友人であり、彼の家族とも面識があった。友を失った哀しみと罪悪感から、アレンはその襲撃犯の足取りを追うが、ポールの身辺を調べていくうちに、彼が副業としてセキュリティのコンサルタント的な仕事をしていたことなど、生前には思いもしなかったような事実と突き当たる。新聞記者のリンダ・マルドナードの協力と助言などから、しだいにアレンは、今回の襲撃がそもそもポールをターゲットにしたものではないか、という疑惑を抱くようになるのだが……。

 隆盛を極めるシリコンバレーのIT企業を相手に、要人警護を行なう民間会社の仕事現場を、重厚な専門知識とその息づかいまで聞こえてきそうな臨場感で描き出すという冒頭で、いきなり読者を物語世界に引き込んでしまう本書であるが、メインとなっていくのは、当初はその事件の派生的なものとして浮かび上がってくる、アレンの父親にかんするものだ。物語のなかでは、ポールが副業としてかかわっていた企業のひとつ「ウェストサン・インポート」の社長と副社長の、あからさまにアレンとの接触を避けようとする態度が引き金となっており、そこから彼らのことを調べていくうちに、社長であるロジャー・ミリアンが以前は別の会社の社長をしており、アレンの父親が当時、トラックの運転手としてその会社に雇われていたという過去が、しだいにアレンの記憶のなかにも甦ってくるという形をとっている。アレンの父親は20年前に、トラックの荷降ろし作業のさいに心臓発作で死んだと聞かされていたが、じっさいにはそれが何らかの事故であったこと、しかも、彼は当時何か重大な秘密を握っており、それをネタにロジャーを強請っていた、といった意想外な情報が出てくるのだ。

 アレンにとって家族とはどういうものなのか、という認識は、本書を貫く大きなテーマのひとつとなっている。彼は韓国系アメリカ人の二世であるが、話す言葉は英語だけであり、アレン・チョイスという横文字風の名前と、そのアジア系の容貌とのギャップが悩みの種のひとつとなっている。両親にとっては故国である韓国も、アレンにとってはどこか遠い国のひとつにすぎず、その国への帰属意識というものはきわめて薄い。しかも今の彼にとって、父親も母親も故人だ。母親の記憶はもちろんのこと、父親の記憶にかんしても、今回の事件によってそれまでの認識をあらためざるを得ないような事態となっていく。父の死後、アレンを引き取って育ててくれた伯母のインクスは、父の代わりに彼に医学の道を進ませようと強要し、ことあるごとに衝突と反発を繰り返し、今となってはほぼ絶縁状態にある。そういう意味で、アレンは家族の愛を充分に受けて育ったとは言えない過去をもっており、それゆえに自分と世界との関係について、どこか不安定な部分を残しているキャラクターとして本書のなかでは書かれている。

 ボディーガードというタフな仕事についているアレンではあるが、自身の失敗を割り切れずにいつまでも尾を引いていたり、女性とのつきあいにおいて妙に初心なところを見せたりといった、ともするとティーンエイジャーを思わせるような幼さ、傷つきやすさをかかえているというのも、彼の家族にまつわる諸々――帰属すべきたしかなものを持てずにいるからこそのものである。だが、そうした不安定さ、自分が自分であるためのたしかな何かを求めずにはいられないという思いは、何もアレンだけではない。本書を読んでいくとわかってくることであるが、物語のなかで登場人物たちは、しばしば金銭的な問題と向き合わなければならなくなる。アレンが自分にかけられた殺人の容疑をはらすために、弁護士を雇うという場面において、彼を悩ませたのはその高額な費用であったのだが、彼以外の人物も、多かれ少なかれ金というものに執着し、あるいはそれに振り回されるような生き方をしている。それは、いかにもアメリカ的な作品だということでもあるのだが、見方を変えれば、誰もがお金の有無、自分がいかに裕福であるかというステータスでしか、自分の価値をはかることができなくなっている、ということでもある。

 今まで自分が見てきたもの、信じてきたものが、じつは上辺だけのものでしかなかったという事実の連続が、調査を続けるにしたがってアレンを打ちのめしていく。それは、「家族」という最小単位の主観世界の安定していない彼にとっては、文字どおり世界を震撼させるような出来事だ。だが同時に、アレンは受身のまま流されることを良しとせず、自身の意思で選択し行動することへのこだわりももっている。もし本書のなかにハードボイルドとしての要素があるとすれば、それはアレンのそうした性格から来るものだ。そして現状に満足せず、あくまで自分の目指す目的に向かって邁進していこうというリンダの存在が、そんなアレンの思いを奮い立たせることになる。はたして、今回の一連の事件の裏には、どのような真実が隠されているのか、そしてその真実に迫ったとき、アレンは自分の内にある「家族」というものをどのように捉えなおしていくことになるのか、ぜひ確かめてもらいたい。(2009.12.16)

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