【扶桑社】
『ニューヨーク底辺物語』

境セイキ著 



 2002年10月11日、そのメールは届いた。「リクエスト書評をお願いしたいです」という件名とともに。

 私こと八方美人男が公開しているサイト「八方美人な書評ページ」は、サイト訪問者が書評してもらいたいと思った本を私が読んで、その書評を書くという「リクエスト書評」サービスをおこなっている。もともと「もっといろんな本と出会いたい」と思っていた私が、ふとしたきっかけではじめることになったこのサービスは、おかげさまで現在もなおそれなりの需要をいただいているが、その頃ちょっと問題となっていたのは、本の作者自身が自ら書いた本をリクエストするという、いわゆる「自薦リクエスト」の急増についてだった(現在「自薦リクエスト」の受付は中止。詳細についてはこちらを参照)。

 上述のメールの内容もまた、典型的な「自薦リクエスト」だったわけだが、2ヶ月以上を経てようやく私がこのリクエストに応えるにあたって、そのメールのことを枕として選んだのには、それなりの理由がある。なにしろ、「リクエスト書評」にあたっての確認事項の返答を求めたメールを送っても、いっこうに返事がない。1ヶ月ほど経ってようやく返事が来たかと思ったら、前回とまったく同じ「自薦リクエスト」のメールだったりする。しかも、どうやら私も含めたいろいろな読書系サイトや出版業界に対して、似たり寄ったりのメールを出しまくっているらしい。

 正直なところ、これはそうとうに不愉快な思いを私に抱かせるものであり、それゆえに長く頭の片隅に引っかかっていたことでもあったが、本書『ニューヨーク底辺物語』を読み終えて、そうした思いは氷解してしまった。なぜなら、著者である境セイキのこうしたふてぶてしいまでの態度、自身が熱中するもの対して文字通り、なりふりかまわず突っ走っていく神経の太さは、そのままニューヨークでホームレスとして生きる者たちのしたたかさを体現したものであるとわかったからである。

「NYでホームレスとして生活した日本人が見て感じたありのままのアメリカ」という長いサブタイトルからもわかるとおり、本書は著者の実体験をもとに、ニューヨークにおけるホームレス事情を書いたものであるが、それとは別の要素があるとすれば、それは、重度のドラッグ依存症のため家賃を滞納しつづけたあげく、無一文でアパートから強制退去させられた著者が、6年間ものホームレス生活の末に、ようやくドラッグを断ち切って人間としての誇りを取り戻すにいたった「復帰」の物語、という側面だろう。なにしろ、ねぐらを失った著者がまず求めたものが、「ドラッグのためのパイプ」だったほどの重症だったのだ。そんな著者をしてドラッグを断ち切らせたものが、はたしてニューヨークのホームレス事情のどのあたりにあったのか――逆に言えば、ホームレス生活のどのような要素が彼を立ち直らせたのか、気にならない人はいないだろう。

「熱い」ではない「アタタカ」なのだ。ホームレスでもアタタカイ・ハートを持っている奴、イイ顔をしている奴はいっぱいいる。何故か? 僕の結論は、彼等は社会的にはホームレスではあるが、ハートはホームレスではないのだ。

 ホームレスについては日本でも問題となっていることだが、彼等がふだんどのような生活をしているのか、といったことには明るくない私でも、本書に書かれているニューヨークのホームレスたちが、日本とくらべて人々のさまざまな恩恵を受けて生きている、ということくらいはわかる。なかでも、貧しい人たちに無料で食事を提供してくれる施設「スープ・キッチン」や、衣食住はおろか医療サービスまで行なってくれる「シェルター」の存在には驚かされる。さすがはアメリカというべきかもしれないが、こうしたキリスト教的博愛主義に生きる人たちが施してくれる善意――そこには、彼等がまっとうな人間として社会復帰してほしいという願いもこもっているはずである――を、当のホームレスたちがどのように受け取っているかといえば、それは「Fuck that(くそくらえ)」だと著者は語る。ホームレスの大部分は、お金がないからホームレスなのではなく、お金を自分の習慣のために使い切ってしまうからホームレスなのだ、と。たとえば、かつての著者が「ドラッグ」という習慣のために、お金を使い切ってしまっていたのと同じように。

 ホームレスのあいだでは日常茶飯事だと言われる裏切りや騙し、盗み――人の善意に依存していながら、じつはその善意を骨までしゃぶりつくそうとする彼等のしたたかな生き様は、同じホームレスとして、彼等の視点にまで落ちた著者だからこそ見出したひとつの真実だ。そして、著者がドラッグを断ち切った直接の原因は、ホームレス生活そのものにあったのではなく、ホームレスとなることで見えてきた、掛け値なしの人々の善意の笑顔にこそあった。でなければ、著者は今もなおホームレス生活をつづけているはずだ。

 そう、本書はホームレス事情を書いた本であるが、それ以上に、社会の最底辺に生きる人たちのなかにもたしかに存在するハートフルな人たちの姿を、ありのままに描いてみせた本でもあるのだ。もし本書が評価される部分があるとすれば、その点にこそある。

 著者は、自分を励まし、支えてくれた人たちに応えるために、本書を世に送り出した。彼がおこなった、いっけんしたたかで面の皮の厚い宣伝攻勢も、彼なりに人々の善意に応えるための、なりふりかまわない行為のなせる技だったのだろう。結果的に、私は著者のリクエスト書評に応じたことになる。そして、私はそのことを著者に知らせるつもりはない。著者のほうも、そんなことはまったく期待していないだろう。この書評は、「読んだ本は意地でも褒める」と誓った私が示すことのできる、唯一の「善意」である。(2002.12.30)
※この書評を載せた2日後、境セイキ氏本人からお詫びのメールをいただいた。まさかこうしたメールが届くとは思いもしなかったが、思いこんだら一直線で、なお「アタタカイ・ハート」を持った著者の本当の人柄に、ようやく触れることができた気がする。

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