【東京創元社】
『ノーベルの遺志』

リザ・マークルンド著/久山葉子訳 

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 ノーベル賞と言えば、読書家の私としては科学や医学方面よりも、文学方面の動向がどうしても気になってしまうところがある。たとえば、2010年のノーベル文学賞受賞者であるバルガス・リョサの『緑の家』などは、この賞の受賞が私の読書のきっかけになったところが大きいし、川端康成、大江健三郎につづく三人目の日本人の文学賞受賞者が誰になるのかも、そしてそれが毎年名前のあがる「あの人」なのかというのも気になるところなのだが、そもそもノーベル賞にはどのような意義があるのか、なぜこの賞が創設され、誰がどのような過程で受賞者を決定しているのか、といった基本的な部分については、この賞の認知度の高さに反してあまり話題になっていないように思われる。

 人類に長期的に貢献するような功績を残した人に対して授与されるというノーベル賞――だが、その受賞がもたらすものがたんに受賞者への名誉や賛辞といったものだけでなく、政治的・経済的な影響力についてもけっして無視できるものではない、というのも、その話題性の高さから推し量ることはできる。今回紹介する本書『ノーベルの遺志』は、そんな世界的な賞が大きく絡んでくるミステリーである。

 授与されるのはメダル、ディプロマ、それに賞金額を記した書類。スウェーデンクローネにして約一千万。
 すごい金額だ。
――(中略)――でもノーベル賞の価値は受賞すること自体にあるのだ。ノーベル賞を受賞したというお墨つき。その価値はどのくらいなのだろう。

 スウェーデンの新聞クヴェルスプレッセンに勤める記者のアニカ・ベングツソンは、ストックホルム市庁舎で開かれていたノーベル賞晩餐会を取材中、予期せぬ発砲事件に巻き込まれる。ホールでのダンス中、大勢の人たちで賑わうなかでの大胆な犯行で、撃たれたふたりのうち、ノーベル賞受賞者アーロン・ウィーセルは重傷、いっしょに踊っていた選考委員会の事務局長キャロリーン・フォン・ベーリングはほぼ即死だった。アニカは偶然にも撃たれたベーリングのすぐ近くにいて、しかも逃走した犯人と思われる女性の顔を見た唯一の人物として、今回の「ノーベル賞殺人事件」の詳細を記事にできる立場にいたが、捜査の関係上から警察は彼女に、今回の事件の情報を開示することを禁止してしまう。

 新聞記者アニカ・シリーズの第六作目にあたる本書において、アニカは公私にわたってさまざまな問題を抱えており、それらになかば振り回される運命にある女性として書かれているところがある。今回の事件においても、彼女は記者としての本分を発揮することが許されないまま、半年近くも自宅待機を上司から言い渡され、そのストレスか、あるいは記事にできないことへの欲求不満か、殺されたベーリングの恨めしそうな顔を夢にみる状態に追い込まれてしまう。プライベートにおいては夫であるトーマスが、法務省で民主主義をおびやかすような法案を可決しようと躍起になっており、親友であるはずのアンネは我儘勝手言い放題。念願の一軒屋をユーシュホルムで手に入れたものの、隣人は自分の土地だと主張して好き勝手するし、子どもたちは子どもたちで、新しい保育園で問題をかかえている。そして、それらあらゆる厄介ごとが、当人の意思などおかまいなしにアニタひとりに降りかかってくるような状態になっている。

 職業や地位としては申し分ない男性と結婚し、子どもも授かり、また新聞記者として第一線ではたらく場所をもっている、という点で、アニカはまさに人生においてはこれ以上はないような恵まれた環境にあり、また彼女自身も妻として、母として、そして社会人として充実過ぎるほどの生活を手にしている。にもかかわらず、本書を読み進めていくと見えてくるのは、そうした「充実過ぎるほどの生活」をなんとか維持していこうと四苦八苦しているアニカの姿である。しかもそれらの問題は、彼女自身に問題があることもあれば、彼女にはどうにもならないような要因からやってくるものもあり、読んでいるこちらまでもが胃が痛くなるようなストレスのためっぷりである。物語のメインは「ノーベル賞殺人事件」であり、本書のタイトルを匂わせるような、ノーベルの人生を書いた文章が差し挟まれていたり、あるいは犯人である殺し屋キティを主体とするパートがあったりと、読者の興味を事件の真相に向けさせる仕掛けはあるが、少なくとも本書の中心に立っているのは、アニカという特徴的な女性であり、またそれゆえに本書は彼女の物語であると言うこともできる。

 スウェーデンを舞台とする小説というと、最近ではスティーグ・ラーソンの『ミレニアム』シリーズが有名だが、そこに登場する主要な女性たちは、基本的に古くからの女性蔑視や差別といった風潮にどこかで抗うような姿勢をしめす、ある意味で 強い意思の持ち主であるという共通点がある。アニカの場合は、リスベットのような特異な才能を持ちあわせているわけではないのだが、長年の腐れ縁である主任警視Qとのやりとりにおいては、まるで凄腕の探偵のごとき洞察力で警察の捜査状況や新事実を言い当てたりと、とくに記者としてすぐれた資質に恵まれており、また彼女自身も記者としての自分、新聞社で働く場所があるということに一種の安寧を見いだしているところがある。

 すごく大切なことなのだ――アニカは思った。生きる意味と所属する場所を持つことは。

 アニカは夫を愛しているし、子どもたちも、それらを含む家族も等しく愛している。その気持ちにけっして嘘はないのだが、その「家庭」という枠のなかだけが自分の「所属する場所」であるという状況に、けっして満足することのない女性である。そしてできることならば、仕事も家族も両方手にして満足したいと考えている。それは、スウェーデンの女性に対する社会的常識――それは多分に抑圧的なものを含んでいるのだが――からは大きく外れた、強い自己主張をする「個」としての、自立した女性像だと言える。何かを得るために何かを捨てる、あるいは自分を押し殺すといったことに真っ向から反発する、というのは、ある意味で不器用で疲れる生き方ではある。だが、こうした女性の登場する作品がスウェーデンでベストセラーとなるということは、それだけそうした女性像が読者を楽しませている、あるいは羨望されているということを意味してもいる。

 自身をとりまく問題が好転するどころかますます悪化していくなか、さらに「ノーベル賞殺人事件」の真相を追うべく選考委員会のある研究所を調べようと行動を開始するアニカは、はたしてこれ以上どんなやっかいごとを自ら招きこんでしまうのか。そんなアニカの動きに感づいた殺し屋は、いったいどんな行動をとるつもりなのか。そして彼女に殺人を依頼した黒幕は誰で、そこにはどのような陰謀が蠢いているのか。大学研究所のきわめて閉鎖的、秘密主義的な環境にはばまれて、なかなか真相にたどりつくことができない彼女の、ありとあらゆる障害や妨害を相手に孤軍奮闘するさまを、ぜひ見守ってみてもらいたい。(2014.02.22)

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