【河出書房新社】
『夏休み』

中村航著 

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 夏休み――それはなんと甘美な響きをもった言葉であることか。いまや、社会人のひとりとして会社で働き、まるで何かに追われるかのように日々の生活をおくっている私にとって、一ヶ月以上も休暇がつづくという「夏休み」なる単語は、すでに過去の良き思い出のひとつと化したイベントであるが、しかしもし仮に、夏に一ヶ月以上の休暇をとることが可能だったとしても、おそらく私はその休暇を「夏休み」と呼ぶことはないだろうと思っている。

 そう、夏休みというのは、学校にかよっている子どもたちのためのものなのだ。そして、毎日決まった時間に決まった場所へ行き、決まった勉強をすることから解放してくれる夏休みは、子どもたちにとってもっとも身近な「非日常」へとつながる扉でもある。だからこそ子どもたちは、夏休みを前にすると、何かとびっきり素敵なことが起こるのではないかと期待に胸を膨らませるのである。ただの長期休暇であるだけでなく、なんらかの「非日常」をおおいに期待させるような雰囲気、それらが合わさって、はじめて「夏休み」は成立する。たとえば瀬名秀明の『八月の博物館』のように、夏休みのあいだは、どんな不思議なことやすばらしい奇跡が起こっても、それらをまるごと受け入れてくれそうな雰囲気がたしかにある。

 そういう意味では、今回紹介する小説のタイトルとしてつけられた『夏休み』は、登場人物として誰ひとり子どもがいない、という点で一見するとその内容とはそぐわないもののように思える。語り手のマモルは、会社勤めこそしてはいないが、おもに海外の工業製品のマニュアルを翻訳する仕事をしているし、ユキという女性とも結婚したばかりである。そのユキはキャリアウーマンであるし、高倍率の都民住宅の抽選にも当たり、ユキの母親と同居もしている。言ってみれば、誰もが「いい年した大人」なのだ。ただ一点、マモルとユキが「新婚」であり、結婚生活という新境地に関しては、まだまだ不安定な状態にある、という点を除けば。

 今のこの世において、何をもって大人とするのかを判断するのは難しい。むろん、法律上では20歳をもって成人と設定しているし、成人式も参加できるのは20歳の男女だけであるのだが、結婚については原則として、男は18歳、女は16歳から可能ということになっているし、身体的に大人の体となる第二次性長期にいたっては、それよりもさらに下の年齢で起こる。そしてこの世には、「いい年した大人」でありながら、精神的に成熟していない――言ってみれば子どもじみた考え方しかできない大人というのも、けっして少なくはないのだ。

 ゆえに、結婚というイベントをもって、その人間を一人前の大人とみなすべきなのかどうか、それは私にもわからない。ただ、結婚によって今後はぐくんでいく新たな家族に対して、なんらかの責任が生じてくることはたしかであり、結果としてその人間は、以前のままではいられない自分自身を自覚することになる。そういう意味で、本書は結婚をはたした男女が、新婚生活という「モラトリアム」な時代を経て、やがて自分がそれまでの家族、つまり両親や兄弟姉妹といった古い家族の構成員であることから、新しい家族――配偶者や、やがて生まれてくるであろう子どもの父親・母親としての家族の一員となることを自覚するまでを描いた物語であると言うことができる。

 発明に取り憑かれた人と同じように、家出に取り憑かれた吉田くん。きっとそれは、彼にとってどうしても必要ななにかだったのだ。でもそれももう醒めた。それは夏休みと同じで、いつか終わることなのだ。

 本書では、二組の新婚カップルが登場する。語り手のマモルとユキのカップル、そしてユキの友人である舞子と、その夫である吉田くんのカップルの二組であるが、彼ら4人の関係は、たとえば4人同時プレイのテレビゲームを楽しんだりしているのを見ているかぎり、二組の夫婦というよりは、むしろ気の合う親友グループという言葉がふさわしい。物語はその後、吉田くんが置き手紙を残してちょっと失踪したのをきっかけに、気がつくと二組の新婚カップルが、ユキと舞子の女性陣ペア、マモルと吉田くんの男性陣ペアに分かれて、それぞれが小旅行をするという展開になるのだが、本来、いっしょに行動すべきであるはずの夫婦がバラバラになることによって、彼らはたとえ一時的なものとはいえ、誰かの夫や妻といった立場から解放された「非日常」を体験することになった。いまなお自分たちが夫婦であるという自覚に乏しいとはいえ、その小旅行の時間はたしかに彼らにとっての「夏休み」であり、ここに来て、はじめて私たちは、本書のタイトルの真の意味を知ることになるのである。

 どんなに長いと感じられる夏休みも、いずれは終わりを迎える。むしろ終わりがあるからこそ、その休暇は「夏休み」なのだと言える。結婚すること、自分とその配偶者による新しい家族を築いていくこと――本書に登場する人たちを見ていると、私たち人間は、常に新しい価値を生み出していく生き物なのだということを強く意識させられる。そこには、まだまだ経験不足で未熟ではあるが、しかし瑞々しい力があり、そして可能性に満ち溢れている。成熟した大人というにはまだ幼い、しかし子どもというには大きくなりすぎた若者たちが、思いがけず体験することになる「夏休み」を通じて、いったい何を失い、そして何を手に入れることになるのか、ぜひともたしかめてもらいたい。(2004.08.25)

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