【筑摩書房】
『ないもの、あります』

クラフト・エヴィング商會著 



 たとえば、『ジャックと豆の木』に出てくる、植えると天までのびていくという豆。
 ほしいと思ったこと、ありませんか?
 たとえば、シンドバッドが手に入れたという、魔法のランプ。
 ほしいと思ったこと、ありませんか?
 たとえば、浦島太郎が竜宮城から持ち帰ったという、玉手箱。
 ほしいと思ったこと……は、ないでしょうが、少なくとも実物があるなら見てみたいと思うことはあるかもしれません。
 残念ながら、これらのアイテムは、あくまでおとぎ話の中でのみその存在を許されるものであって、厳しく無常な現実世界で生きていかなければならない私たちには、けっして手に入れることのできないものばかりです。
 そもそも、現実というのは、おとぎ話ほど甘くはありません。
 人生は常に「五里霧中」、「七転八倒」しながらようやくたどり着いた先が、「四面楚歌」のまっただなかであったり、さんざん叩いてみた石橋が、渡っている途中でもろくも崩れ落ち、「泣きっ面に蜂」のみじめさを味わわなければならない場面が、残念ながら多いものなのです。
 嫌な世の中です。
 嫌な世の中だからこそ、人々は、せめて物語の中だけでも、主人公がハッピーエンドになることを望みます。
 上述のアイテムたちは、言ってみればせち辛い世の中を生きる人たちの願望が、形となったものなのです。

 さて、ここに『ないもの、あります』という代物がございます。
 誰かのセリフではありません。
 本です。
 カタログです。
 いろんな品物が載っています。
 貴方がこれまで見たこともないような商品ばかりです。
 しかし、じつは貴方は、これらの商品をよく知っています。
 じっさい、何度も誰かの口からその商品の名前を聞いたことがあるに違いありません。
 べつに、なぞなぞ遊びをしているわけではありません。よく耳にはするけれど、一度として見たことのないもの――本書が紹介しているのは、そんな「おとぎ話の不思議アイテム」のような商品なのです。

 たとえば、「舌鼓」なんていう品物があります。なんだか食べる料理がおいしく感じられそうです。
 たとえば、「一本槍」という名の槍があります。持っているだけで、頑固一徹に生きていけそうな気がします。
 たとえば、「思う壺」と名づけられた壺があります。これはいったい、誰の「思う壺」なのでしょう?

 もうお分かりかと思いますが、本書は「クラフト・エヴィング商會」という架空の会社が扱っている、言ってみればジョーク・グッズのカタログです。私たちがふだん、何気なく使っている慣用句――あくまで比喩として用いているそれらの言葉に、律儀にも実際の形をあてはめてみよう、という試みによって生み出された本です。
 ですから、それらの商品は、実用性がありそうに見えて、じつはあまり使えないようなものばかりだったりします。
 もちろん、なかには貴方の購買意欲をくすぐるような、魅力的な商品が見つかることもあるでしょう。

 たとえば、「左うちわ」。これを左手であおいでいるだけで、遊んで暮らすことができるという夢の品物です。
 ただし、あおぐ手をひとたび止めたが最後、<左うちわ>の状態を保てなくなってしまいます。購入者は、寝るときも、真冬でもあおぎつづけなければならないのです。
 たとえば、「転ばぬ先の杖」。これさえあれば、人生につまずくことなく生きていけるという逸品です。
 ただし、購入者はどんなことがあってもその杖を使い続けなければなりません。途中で使うのを止めることはできないのです。
 たとえば、「助け舟」。事前に予約をしておけば、購入者がピンチのときに助けに来てくれるというすぐれものです。
 ただし、駆けつけた「助け舟」がどんなにボロ船であろうと、購入者はその船に乗らなければなりません。当日キャンセルは不可なのです。

 そう、本書に載っている品物は、どれも使い方が非常に難しかったり、その効果のほどがよくわからなかったり、あるいは効果はあるけど、かえって面倒なことになってしまうような代物ばかりなのです。
 なぜなのでしょう?
 私が思うに、これらのジョーク・グッズは、いっけん「おとぎ話の不思議グッズ」のようには見えますが、じつは私たちの直面している現実そのものなのです。人間であれば誰もが心に抱いている欲深さや弱さ、醜さ――そんな人間の側面を映し出す鏡として、本書は機能しているのではないでしょうか。
 貴方は本書を手にして、「ああ、これがあればなぁ」なんて思うことがあるかもしれません。ですが、当然のことながらそんなものは手に入りません。そして、貴方は「そんなものは手に入らない」という事実に喜び、安堵のため息をつかなければなりません。
 もし万が一、これらの商品が本当に手に入ってしまったとしたら――それは、貴方が自分の抱える心の闇に敗北してしまったことを意味するのです。

 ですから、本書を読み終えた貴方がもし20歳以上であるなら、速やかに馬鹿な夢想にひたるのをやめ、「優柔不断麦酒株式會社」の「とりあえずビール」を一杯やることをお勧めします。(2004.02.20)

ホームへ