【ポプラ社】
『「本が売れない」というけれど』

永江朗著 



 今回紹介する本書『「本が売れない」というけれど』が、その冒頭で取りあげているのは「本屋大賞」のことである。

 全国の書店員が「いちばん! 売りたい本」という趣旨のもと、過去一年間に刊行された国内の本について、投票形式で一冊を選ぶという賞のことであるが、著者がこの賞でもっとも注目しているのは、他ならぬ「売りたい本を選ぶ」という点だ。これまでの選考委員形式による各種文学賞が、文学作品として、読み物として「優れた本を選ぶ」というものであったのとは一線を画するこの賞の趣旨は、本の直接の売り手である書店員が主体となっている時点で必然的なものを感じさせるが、より重要のは、書店員(パート・アルバイトも参加可)が本の買い手である「読者」により近い立場にあるということである。

 どんな本が売れているかという要素に人一倍敏感な書店員は、それだけ読み手の読書傾向をつかみやすい。それゆえに、本屋大賞はそれまでの文学賞よりも読者の好みを強く反映させる仕組みだと言うこともできる。作家が自分の文学性を深く追求し、選考委員によって賞をとるだけでは飯を食っていけない時代になって久しいが、この本屋大賞の予想以上の反響と隆盛は、出版業界における出版物の消費傾向をあらためて明確化した、という点で象徴的なものがある。

 世のなかの消費傾向が、作り手主体から買い手主体へ、マスメディアからパーソナルメディアへとシフトしていると指摘したのは、経済社会学者の松原隆一郎であるが、たとえばコンビニエンスストア業界では、自分たちの店舗で売る商品に対して詳細な注文をつけ、メーカー側に開発させることがあたり前になっているという。いくらメーカー側が良いと思う商品を開発しても、それがコンビニ業界の望むもの――それは当然のことながら、コンビニで売れる商品のことだ――と食い違っていれば、商品として置いてもらえない、という状況が常態化しているのだ。こうした、他業界では主流となっていたメーカー主導から小売主導、しいては買い手主導の消費傾向が、出版業界でも起きつつあるというのが、本書を読み進めていくと見えてくる。

 たとえば、「読書ばなれ」という言葉。これはおもに出版業界側が、本が売れなくなった理由のひとつとして挙げているもののひとつであるが、毎日新聞が調査している「読書世論調査」のデータによれば、人々が日ごろ読書しているかどうかを示す読書率は、とくに目立って下がっているわけでないことを指摘している。では読者がどこで本を手に入れているかと言えば、コンビニだったり新古書店だったり、あるいは図書館で借りたり、アマゾンなどのネット書店で購入したりしている。本書のひとつの特色として、常に本の買い手である読者の立場で「本が売れない」原因を分析しようとしている点があるが、これまで町の書店くらいしか扱っていなかった本が、さまざまな他業種でも扱うようになった結果、出版業界全体の売上が下がってしまったというのが実情だと本書は語る。読者にしてみれば、本を購入する手段が多様化するのはむしろ歓迎すべきことだ。そしてここに挙げた、他業種による本の販売は、読者にとって便利であり、また魅力的であるからこそ使われているのである。

 八百屋や肉屋で買い物をしていた人は、スーパーマーケットで買うようになった。いまはそれも変化していて、コンビニで野菜を買う人もいるし、ネットの宅配を使う人もいる。――(中略)――ようするに消費のあり方が変化しているのだ。消えているのは街の本屋だけではない。

 この「消費」という表現は、こと出版業界に身を置く人たちにとっては、なかなかに受け入れがたいものがあったりする。「書物は文化だ」というのが、彼らの古くからの認識だ。だが肝心の読者のほうが、本というものを消費するものとして捉えようとしている。本を知識として「所有」するのではなく、「体感」し「消費」するものと割り切っているからこそ、読み終わった本はブックオフなりヤフオフなりで売ってしまい、また必要になれば同じ場所で安価で購入しなおせばいい、という考えになる。膨大な数の新刊が毎日のように刊行され、しかし棚に陳列されるのはそのなかのごく一部、それもしばらくすれば姿を消してしまい、目にする機会もなくなってしまう。そんな街の書店の現状を考えたとき、そこは本当に読者にとっての本の出会いの場となっているのだろうか、という疑問が浮かんでも不思議ではない。

 今の書店には置いていない本が、ブックオフやアマゾンや公共図書館にはある。もちろん、そこにはさまざまな複雑な要因があり、その要因についても本書のなかでは触れているが、もし世の読者が出版業界が考えているほど「読書ばなれ」してはおらず、たんに読者の出版物に対する需要傾向を出版業界側が取りこぼしているだけだとするなら、その構造自体を見直す必要がある。零細書店だけでなく、棚ぞろえに独自の工夫をしてきた中堅どころの書店までが閉店に追い込まれつつあり、雑貨や喫茶店を併設し、その売上でなんとか本屋を維持できる――逆に言えば、本を売るだけではやっていけないという現状は、出版業界にとっては脅威だが、そんな事情は買い手たる読者には関係ない。

 本書のなかでひとつ興味深いと思ったのは、読者が本購入の手段としてアマゾンを利用する理由のひとつに、「他人と触れあわずにすむこと」を挙げていることだ。よくよく考えてみれば、読書とは基本的に孤独な作業だ。私自身もそうだが、読書好きな人はひとりでいる時間を大事にする。それが人との係わり合いを苦手にしているのかどうかはわからないが、だがそのいっぽうで、本を通じて他人とつながりたいという需要もたしかに存在することを知っている。自分の好きな本を五分間でみんなにアピールする「ビブリオバトル」や、各種読書会が話題になったりするのは、本を読んだ人が、その内容を共有したり、他の誰かに話したいという欲求があるからに他ならない。

 本書のタイトルにもあるように、「本が売れない」というのはたしかな事実である。だが、それは厳密には街の書店で扱う本が売れない、それも書店にとっては主力商品であった雑誌が売れないということであり、郊外のメガストアやネット書店、ブックオフでは本が売れているし、公共図書館では本の貸出数が増加傾向にある。もしこれらの要素がなくなれば、人々はまた街の書店で本を買うようになり、それが出版業界の売上になるのかもしれないが、読者がこうしたサービスがあることを知り、それが便利だということを知った以上、元に戻るということはありえない。はたして書店は今後、読者に対してどんな「本との出会い」を提供していけるのだろうか。(2015.03.03)

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