【講談社】
『忍法忠臣蔵』

山田風太郎著 



 忠義といえば忠臣蔵、忠臣蔵といえば忠義。言ってみれば「忠臣蔵」とは、まさにそのタイトルどおり「忠義」の代名詞として扱われる物語であるが、そればかりでなく、無念の死を遂げた主人の仇をとることを誓った赤穂義士たちの、その義憤に燃える姿に「武士道」の理想を重ねることができるということ、また不公平な処分をした幕府の処遇で長く路頭に迷い、不遇な境遇に耐えなければならなかった彼らの苦しい立場が、庶民の判官びいきの心に訴えるものがあることなどを考えると、その史実がどうであったかはともかくとして、たしかに「忠臣蔵」は、多くの日本人の心に強く訴える要素を盛り込んだ、いかにも日本人が好きな物語として成立していると言うことができる。じっさい、すでに江戸時代から歌舞伎や浄瑠璃の演目で登場しているし、今でも毎年年末になると、恒例のようにテレビ番組に「忠臣蔵」のタイトルが踊るようになる。どんな不況時でも「忠臣蔵」さえやればヒットするという話も、あながち誇張とは言い切れないものが、そこにはたしかにあるのだ。

 ところで、先程から私は「忠義」という言葉を多用しているが、正直なところ、この「忠義」が私の言葉として、完全に消化できているという実感がない。なぜなら私自身、こんな単語をじっさいに使ったのは、おそらくこの書評がはじめてだからだ。もちろん、その意味はわかる。少なくとも辞書に載っている程度の知識なら私でも理解することはできる。だが、理解していることと使いこなせるということとは別の問題である。
 文章を書く者の常として、本来であればこんな自分の血肉となっていない言葉を安易に用いるべきでないことは承知している。にもかかわらず、私があえて「忠義」などという慣れない単語を使ったのは、「忠臣蔵」のことを簡潔に説明するためには「忠義」という言葉を持ち出さざるを得なかったこともさることながら、「忠臣蔵」といえば「忠義」という、世間一般ではわかちがたく結びついてしまっているこれらの言葉の関係性に、どうしても違和感を覚えずにはいられなかったからでもある。もし、私の使う「忠義」に違和感を覚えたのであれば、それはそのまま私の抱いた違和感でもある。そしてこの違和感こそが、本書『忍法忠臣蔵』を語るうえで重要な位置を占めることになる。

「拙者、忠義と女は大きらいでござる」

 本書の題材となっているのは、そのタイトルどおり「忠臣蔵」である。だが、本書の作者が山田風太郎であること、そして「忍法」という言葉が付け加えられていることを考えれば、およそただの「忠臣蔵」が書かれているなどと考える読者はいまい。そして、その予想は間違っていない。本書でメインとなっているのは赤穂浪士たちでも、また敵役である吉良上野介でもなく、その実子綱憲が統治している上杉家であり、本書において狂言回し的な役割を請け負う伊賀忍者、無明綱太郎である。

 時は江戸元禄、五代将軍綱吉の時代。かつて家康に召し抱えられた伊賀忍者の末裔たちが、長く続く泰平を経てすでに自分たちが伊賀者であることさえ忘れつつあったなか、綱太郎は単身伊賀に赴き、厳しい修行のすえに忍術を会得してきた変わり者として描かれている。彼がなぜこの平安の世に、あえて忍術修行をおこなったのかは明らかにされていないが、本書における彼の役割を考えたとき、綱太郎の忍術が、ときに人の自由意志を束縛する「忠義」から自由になるための力として作用しているのがわかると思う。
 じっさい、綱太郎は忍術修行から戻って以降、かなり自分の思うがままに行動するようになり、江戸城大奥の下女のひとりと恋に落ちたとき、彼はその女とともにどこかへ逃げるという選択肢をとる。だが、彼が恋した女は「忠義」という言葉とともに、大奥の妾となる道を選んだ。

 お互い、にくからず想っていたはずのふたりであるにもかかわらず、お互いのささやかな幸せを捨ててまで「忠義」の道をとる――この「忠義」という、綱太郎にとっては得体の知れないものの考えに対する限りない不審と憎悪が、本書の中心にある。物語はその後、公儀のおたずねものになった綱太郎が、とある事情でかくまってもらうことになった上杉家国家老、千坂兵部のたっての願いで、赤穂浪士たちが起こそうとしている敵討ち――主君の父君である吉良上野介の討伐を阻止すべく動き出すのだが、その方法がたんに赤穂浪士たちを暗殺するのではなく、くノ一の忍術によって赤穂浪士たちを色道へと堕とし、骨抜きにするというやり方であることを考えたとき、本書はたんに赤穂浪士たちを殺害しようとする忍者たちと、赤穂浪士たちを守りつつ骨抜きにしようとする忍者たちの戦いであるだけでなく、赤穂浪士たちの振りかざす「忠義」そのものに対する戦い、という構図が見えてくる。

 「忠義」という言葉を用いることに違和感を覚える、と私は先に書いた。それは、おそらく私自身、「忠義」がじっさいにどのようなものであり、何を意味するものなのか、その概念を思い浮かべることができずにいるからに他ならない。それは、たとえばアメリカがしばしば持ち出してくる「正義」に対する違和感とよく似ている。ご存知のとおり、アメリカはイラクに対して武力行使をおこなった。それをあの国は「正義」だと主張するが、その後イラクで頻発するテロ行為や外国人の拉致といった泥沼化を見ていて思うのは、アメリカの主張する「正義」のために、恋人や家族といった大切な人たちを置いてイラクに赴いた兵士たちが、もし武装テロの手で殺されたとしたら、当人はもちろんのこと、残された人たちもたまらないだろう、ということである。そして著者の山田風太郎は、かつての日本が掲げてきた「忠義」が、第二次世界大戦での敗戦によって一気に瓦解していくのをその身をもって体験した者のひとりである。

 本書を読んでいくと、赤穂浪士の中心人物である大石内蔵助は「忠義」一筋の人物ではなく、むしろ主君浅野内匠頭の短慮――それこそ後先考えない刃傷行為に正直にがりきっているという胸のうちをさらしている。また、じっさいに討ち入りをはたす四十七人よりも、その討ち入りに参加できないまま死んでいった者や離反していった者、あるいは彼らの「忠義」のために踏みにじられた家族たちのみじめな姿に焦点をあてようとしている部分がある。それだけを見ても、本書がときに個人の幸福を犠牲にすることでしか成りたたない「忠義」に対して、おおいなる疑問を呈する作品であることがわかるが、著者がもっとも表現したいと思ったのは、じつは吉良上野介を悪役に見立て、赤穂浪士たちの意思とは関係なく彼らを忠義の士にしたて、敵討ちをさせるよう焚きつけた群集心理そのものではないだろうか。

 人が自分以外の何かのために生きる姿は美しい。だが、だからこそその「何か」に対して盲目的になりやすい、ある種の人の心の弱さは恐ろしいとも言える。「武士道」「忠義」といった美談を求めてやまない世間の流れ――そんななか、あくまで個人の力と自由のために奔走する綱太郎の姿は、はたして読者の目にはどのように映ることだろうか。(2004.07.17)

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