【集英社】
『ハナシがちがう!』
−笑酔亭梅寿謎解噺−

田中啓文著 



 今では電車ばかり使うようになっているが、以前は実家に帰るのに飛行機を使うことが多かった。さて、飛行機の座席にはひとつひとつにイヤホンがついていて、座席の脇にプラグをセットすることで音楽鑑賞などを楽しむことができるというサービスがついているのだが、私がよく聴いていたのは洋楽でもJポップでも、ましてニュースとか、機内で上映されている映画の音声とかでもなく、じつは寄席だったりする。

 本来は目的地に着くまでの暇つぶしなのだから、べつに本を読んでいたってかまわないはずなのだが、それでもなお旅客機を使うさいにかならずといっていいほど「全日空寄席」を聴いていたのは、あるいは落語というものに何らかの魅力を感じていたからだろうか。何という名の噺家がどんな演目をやっていたのかは、今となっては見当がつかない状態だが、彼らの落語を聴いていると、いつのまにか時間が経っていて旅客機が着陸態勢に入っていた、ということもしばしばだったのはよく覚えている。

 私の落語に対する個人的な思い入れはこの程度のものでしかないが、それでもなお、落語にはどこか人を惹きつけるものがある、という確信めいたものは「全日空寄席」を聴くたびに思っていたことであるし、また佐藤多佳子の『しゃべれどもしゃべれども』といった、落語をテーマにした小説を読んだときにも感じていたことであるが、本書『笑酔亭梅寿謎解噺』を読んだとき、落語というものの魅力の一端を垣間見ることができたように思う。

 なぜ、落語はおもしろいのか。繰り返し繰り返し稽古して、繰り返し繰り返し演じられるネタが、どうしてすりきれてしまうことなく、人の心を魅了しつづけるのか。
 それは、落語の根本が「情」だからである。人間が人間であるかぎり、「情」はどれほど繰り返されても滅びることはない。

 小さい頃に両親を交通事故で失くし、以来親戚をたらい回しにされたあげく、高校は中退、素行はきわめて悪く、何度も警察のやっかいになったという星祭竜二が、噺家である笑酔亭梅寿のところになかば強引に弟子入りさせられるところからはじまる本書は、「子は鎹」「平林」「たちきり線香」といった、落語のネタをタイトルとする七つの短編を収めた短編集であるが、いずれの作品においても一貫して竜二が主体となって物語が進み、また時間軸も連続した流れとなっているため、全体を通してひとつの物語という捉えかたもできる。もともと落語になど興味をもっておらず、しかも師匠の笑酔亭梅寿は極端に酒癖が悪く、口より先に手が出るという頑固ジジイで、面倒くさがりなのか、まともに稽古をつける様子もないというありさま。だが、それでもいつのまにか師匠の語る落語の面白さに惹かれ、また自分でも落語をやってみたいという心情の変化が生じていくという展開は、竜二の人間としての成長を描いた作品としても充分な魅力をもっている。だが、本書の魅力はそうした点ばかりではない。

 じつは本書の短編には、それぞれちょっとした事件が起こり、その事件に対して最終的に竜二が謎解きをおこなう、というミステリーとしての要素が含まれているのだが、そのさい竜二は、けっして自分が探偵役となってしゃしゃり出ることなく、あくまで師匠である笑酔亭梅寿に成り代わって推理する、というスタイルを通すのだ。それは、噺家という特殊な世界における強い上下関係などを考えたときに、このスタイルがもっともスムーズであるということもあるのだが、竜二は上方の噺家としては大家ともいうべき笑酔亭梅寿の権威を借りて、自説を披露するという特権を得ているわけであり、また笑酔亭梅寿のほうは、じつは謎の真相などさっぱりわかっていないのだが、竜二の推理を最終的には自身の手柄として自慢できるという特権を得ることになる。

 ときには大声で怒鳴られ、ときには拳骨や物が飛んでくることさえ日常茶飯事であるふたりの師弟関係が、この推理の瞬間だけはお互いがお互いを利用するという、いわば対等な関係になってしまう――けっしてどちらかがそうしようと持ちかけたわけではなく、あたかも暗黙の了解のごとくふたりがそれぞれ口裏を合わせようとするその様子、阿吽の呼吸ともいうべき連携がいかにも滑稽であり、本書の大きな特長のひとつとなっている。それぞれの短編に仕掛けられた謎が、かならずその短編のタイトルになっている落語のネタとつながっていることもあって、ミステリーとしての部分はけっして突出したものではなく、むしろ本書においては副次的な役割しかはたさないところがあるのだが、それは本書のメインが一貫して「情」であると考えれば、むしろ当然のことだ。

 本書に収められた短編が、そのタイトルになっている落語のネタとつながっている、ということは、その落語がかもし出す人情ともつながっている、ということでもある。本書ではときに殺人事件や、殺人未遂のような陰惨な事件が起こることもあるが、その犯人たちはけっして根っからの悪人というわけではない。そもそもこの物語に登場する人たちは、誰もが基本的に悪人ではないし、どこか偉そうに振舞っていたり、乱暴で人間的にどうしようもないごくつぶしだったりするのだが、それでいてどこか憎めない一面をかならず備えている。それは、彼らがけっして人情からはずれたことをしないからに他ならない。とくに笑酔亭梅寿にかんしては、ふだんはそっけない態度や、いかにも無関心なふうを装ってはいるが、じつは裏では弟子の竜二のことを気にかけていたりと、素直でない部分が垣間見えて、微笑ましいくらい良い味を出しているキャラクターなのだ。

 まるでミステリーの謎解きがそのまま落語のオチであるかのような愉快な側面と、師匠とその弟子のいかにも凸凹な関係――ときにゲロやクソといった下ネタに平気で走ったりといったハチャメチャぶりをおおいに楽しんでもらいたい作品であるが、ここまで書いてふと思い出したことがひとつ。じつは私、飛行機には酔いやすいタチなので、飛行機のなかで面白おかしい落語が聴くのは、言ってみれば酔い止めの効果を狙ってのことでもあったのだ。えー、お後がよろしいようで。(2008.08.21)

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