【富士見書房】
『ミュートスノート戦記』

麻生俊平著 



 あなたには、「これだけはけっして譲れない」というものがあるだろうか。それは、たとえば目の前に大金を積まれても、あるいは自分の命がおびやかされるような事態に直面しても揺るがないほど強固なものだろうか。そして、あなたのその思いは、たんなる受け売りでも、誰かから借りてきたものでもなく、自分の頭で考え、体で感じてきたものの積み重ねから生まれたものだと言えるだろうか。

 言うまでもないことかもしれないが、戦いというのは、何も武器を手にとって傷つけあい、殺し合うような生臭いものだけを指すわけではない。たとえば、人と人とが対立する、というのは、お互いのもつ主張や価値観の相違から生まれてくる衝突作用であり、そういう意味で、真のコミュニケーションとはアイデンティティを武器にした、戦いのひとつの形であるとさえ言う人もいる。そしてそれゆえに、自身のもつ主張や価値観、しいてはそれらを生み出す土壌である感情や思索といったものに無頓着な人間は、他人と衝突することがない代わりに、他人と深く結びつくということもありえない。ちょうど、自分が傷つけられることに無関心な人間が、往々にして他人を踏みにじるような行為について何とも思わないのと同じように。

 「ミュートスノート戦記」と銘打たれた、全5巻になる本シリーズは、「戦記」という言葉が示すとおり、ある高校生たちの戦いの様子を描いた作品である。彼らが戦うことになる相手は、人間兵器商会「ZAMZA」。"MU(ミュー)"と呼ばれる生体ユニットを用いて人間を改造し、兵器として世界じゅうに売り捌いている、超国家的秘密結社だ。主人公の穂村響は、ある偶発的な事故に巻きこまれた結果として、ZAMZAの人間兵器としての力をその身に宿してしまう。この地球上の、いかなる動物とも似つかない異形の怪物――ZAMZAの存在を知ってしまった穂村たちを抹殺するべく、次々と送りこまれてくる人間兵器たちに、穂村は同じ高校の滝沢聖也と志木スカーレットの力を借りて、生き残るため、ZAMZAを壊滅させるために、けっして望んだわけではない人間兵器の力、ZAMZAにとってさえも脅威となる力を秘めた突然変異体<イレギュラー>の力を奮いつづける……。こんなふうに書いてしまうと、まるで「仮面ライダー」の世界であるが、本書がけっして単純な勧善懲悪の変身ヒーローものを書いたわけでないことは、たとえば響のマインド・セッターとして、ときに冷酷な作戦を強制することで響とともに戦う決意をした聖也の、次の言葉を引用すれば充分だろう。

 自分が納得のいかない戦いを、愛や正義の美名で糊塗して行なう必要はないぞ。戦闘という特種技能を備えた奴隷、あるいは見栄えのいい道具にすぎない、そんなヒーローなんかに身を落とすな! あくまで人間であることを貫け、響!

『戦鬼は雪嶺を翔ける』より

 誰にでもわけへだてなく明るくふるまい、常に笑って生きることを信条としている、ちょっとお調子者の高校生、というのが、穂村響というキャラクターの基本的な性格である。けっして外見や身分、能力といったもので人を差別したり、あるいは特別扱いしたりしない彼の態度が、さまざまな点で教師や生徒たちに敬遠されがちなスカーレットや、自分を含めた人間全般に価値を見出せないでいる聖也を親友として結びつけているのだが、その性格はいっぽうで、あくまで「ギブアンドテイク」の人間関係にこだわり、他人と距離を置くことで、自身の弱い心を守っている、という一面も浮き彫りにしている。

 そんな響が、不本意な形で手に入れてしまった、人間をはるかに超える力――自分が特別な、選ばれた人間だと思いこみ、それ以外の力のない人間を、たんなる消耗品として踏みにじることを当然だと考えているZAMZAの差別意識は、響の基本的性格からすればけっして許されないものであるが、警察や防衛省といった巨大な権力をも超越したZAMZAと対抗しうる直接的な力を持ってしまったがゆえに、彼はその力をふるいながらも、常に戦うこと、戦いつづけることに苦悩することになる。

 ――響、お前がこれまで戦ってきたのは何のためだ? そしてこれからも戦うのなら、それは何のためだ? 何かを、誰かを守るためか? 自分が元の人間に戻るためか? それとも、ZAMZAを潰すためなのか?

『道標(しるべ)なき戦野の咆吼』より

 響にとってZAMZAと戦う、ということは、ただ敵を打ち倒すことではなく、人間兵器の力をふるいながらも、なお人間として生きるための戦いであり、また自分の内にある弱い心との戦いでもある。だからこそ著者は、この戦いに響だけでなく、聖也やスカーレットといった普通の人間を、「守るべきもの」ではなく「ともに戦う友」として響につけた。そして話が進むにつれて、ZAMZAと戦うということが、しだいにひとつの思想のようなものへと変質していくことになる。

 本シリーズをとおして、何度となく出てくる「ZAMZA的な考え」という言葉――それは、力ある者が力なき者を踏みにじる権利を認める、という考え方であるが、たとえばそれは、「人間兵器と人間」の関係という、わかりやすい構造のなかにだけに見られるものではない。この世界には能力や身分、仕事や学歴や身体的特徴といった、さまざまな違いによる差別意識が日常的に存在すると言える。そういう意味で、事故によって下半身不随の体というハンディキャップを背負った楠見麻由子も、両親の死後、親戚たちの反発を受けながらもたったひとりで響を育ててきた姉の光も、そして最後まで響たちの戦いを知ることのなかった真木場美香でさえも、それぞれの「ZAMZA的な考え」と戦ってきた者として描くことに、本シリーズは最終的には成功した。

 力のある者が戦い、勝つことはけっして難しくない。むしろ力なき者たちが、それでも力そのものに屈することなく戦いつづける、という点こそ、本シリーズのもっとも重要なテーマであり、だからこそ私たちは本シリーズのなかに、たんなる変身ヒーロー以上の何かを見出すことになるのではないだろうか。自分の弱さを言い訳に、知らないうちに自分もまた「ZAMZA的な考え」を受け入れてしまっているのではないか、と。

 なぜ戦うのか、何のために戦うのか――「戦う」という行為を極限まで追及した本書が、最終的にどのような結末を見出すことになったのか、ぜひともたしかめてもらいたい。(2002.10.15)


「ミュートスノート戦記」作品タイトル一覧
1.『戦士の掟は炎で刻め』
2.『道標(しるべ)なき戦野の咆吼』
3.『疾風(かぜ)果つる戦場』
4.『戦鬼は雪嶺を翔ける』
5.『天に響け戦神の歌』

ホームへ