【新潮社】
『燃えよ剣』

司馬遼太郎著 



 野暮な私は、およそ芸術というものについて理解できるだけの知識も感性も持ち合わせていない人間であるが、それでもひとつだけわかるのは、純粋な芸術活動があらゆる損得勘定や打算といったものから切り離されたところに存在するものであり、だからこそ、そこから生まれたものは人々の心を揺り動かすことができるのだ、ということである。

 人は、理性をもって生まれてくるがゆえに、自分にとって不利益なことはしたくない、という思考を持つようになる。うまくこの世の時流に乗り、自分にとって有利になるように物事を変えていきたい、という野心は、多分に思想的・政治的なものであり、芸術活動とは対極に位置するものだと考えていいだろう。そしてもし、このふたつが結びつくようなことがあれば――つまり、芸術活動が個人の利益追求とつながってしまえば、そこにはもはや純粋な芸術は存続できなくなってしまうことだろう。

 ところで、幕末という時代は、それまでの旧態依然とした幕藩体制が内外の圧力によって大きく揺らぎ、時流が急激な勢いで動いていった時代である。思想も学問も、そして戦争の仕方さえ近代化していくなかで、ただひとつ、幕府の擁護という立場をけっして変えることなく戦いつづけた武闘集団、それが「新選組」だったと言える。明治維新という止められない時流にひたすら逆らいつづけた、という意味で、日本史における新選組の位置づけはけっして良いものではない。だが、何もかもが変化を迫られるなかで、それでも変化しないままでいる、という立場を考えたとき、人々はそこに、いかにも腹黒い損得勘定や打算を超えた何かがあるのではないか、と思わずにはいられなくなる。

 司馬遼太郎が「新選組」のなかに見出したのは、けっして変化することのない純粋な「芸術」の姿だったのではないだろうか。新選組副長として組織を実質的に掌握し、苛烈な掟と士道をもって新選組を最強の軍団にすることに命をかけた男、土方歳三の生涯を描いた本書『燃えよ剣』を読むたびに、そうした想いが強くなっていくのである。

 じっさい、著者は本書の中で、土方歳三にとっての新選組を、ひとつの芸術作品として位置づけている。いつもむっしりと押し黙り、剣術のすさまじさもさることながら、士道に反した隊士をことごとく切り捨て、敵からも味方からも鬼神のごとく恐れられていた土方歳三――その歳三が、本書の冒頭では局長の近藤勇に「トシ」と呼ばれている。武州石田村の百姓の末っ子として生まれた、根っからの喧嘩屋である「バラガキのトシ」は、その剣の腕よりも、むしろ天性の軍略家――組織をどう動かし、戦いに勝利するか、ということにたぐいまれな才能を発揮する男だったようだ。

 サッカーで言うならは、MFの中田英寿選手のように、個人プレーの妙よりも、ゲーム全体をどう組み立てていくかを考えるゲームメイカー的な存在であろうか。じっさい、新選組のなかでも歳三は、あくまで副長という身分に自分を置き、けっして進んで表舞台に出ることなく、しかし隊士の権限を掌握できるような組織をつくりあげることで、浪人や百姓上がりの寄せ集めを叩き上げる役割を自らに課した。そして、彼は「何のために」という小難しい理屈をけっして受け入れない。尊皇攘夷をはじめとして、幕末はさまざまな思想が乱れ飛んだ時代であったが、土方歳三にとっての新選組は、何かのために戦う集団ではなく、まさに戦うこと自体が目的の集団だった。それは、利害関係から独立したところで成立する芸術と、よく似ていると言うことができるだろう。人を斬る、という目的のみを追及することで生まれた、日本刀の美しさを持つ集団である。

 しかし見ろ、この単純の美しさを。刀は、刀は美人よりもうつくしい。美人は見ていても心はひきしまらぬが、刀のうつくしさは、粛然として男子の鉄腸をひきしめる。――(中略)――思想は単純であるべきである。新選組は節義にのみ生きるべきである。

 本書はあくまで土方歳三の生涯を描いた作品であって、新選組の活動を描いたものではない。だが、土方歳三というひとりの人間が、もっとも生き生きと息づいているのは、やはり新選組が京にあり、毎日のように血の雨を降らせていた時期である。その頃の彼のそばには、同郷の友であり、天然理心流の同士でもあった近藤勇と沖田総司がいた。そして彼らの前では、歳三は新選組副長ではなく、ただの「トシ」――俳句を愛し、繊細で感じやすい心を持つ、本来の歳三であった。後に政治へとかぶれていく近藤勇とは、その心の有り様ゆえに徐々にすれ違っていくが、ひたすら楽観的で、のんきでさえあった剣豪・沖田総司は、最後まで歳三をひとりの人間としてとらえるという、重要な役割を果たすことになった。もっとも、史実におけるふたりの関係は、本書のように仲が良かったという記述は無く、もっとクールな関係だったと言われているが、著者は歳三のもっとも身近な姿に迫る人物として、沖田を選んだ、ということであろう。

 それゆえに、沖田が病気で戦線を離れ、近藤とも袂を分かってしまう北征編以降の歳三の描かれ方は、恋人となったお雪のそばにいるとき以外は、客観的な記述が圧倒的に多くなってくる。宇都宮城の奪取、日光での篭城、会津若松城外での戦闘、さらに艦隊を率いての宮古湾襲撃や五稜郭での奮戦など、歳三は京にいた頃以上のすさまじい戦いをつづけるのだが、それはひたすら孤独の中での戦い――自分だけは何があってもけっして変わらないという、単純であるがゆえに激烈な思想の戦いだと言えよう。そして、この頃から、土方歳三という人物の生き方そのものが、ひとつの芸術として完成していくことになる。司馬遼太郎という作家の手を経て、土方歳三はまさに、芸術的な伝説となったのである。

 数多くの魅力的な剣士をかかえた新選組――それゆえに安易に血湧き肉踊る個々の殺陣の描写を盛り込むことを避け、あくまで集団としての新選組に視点を置き、土方の優れた組織統率力を描いた『燃えよ剣』というタイトルの「剣」が、思想としての剣、もっとも理想的な武士としての剣を指すことは言うまでもないだろう。激動の時代のうねりの中で、美しい日本刀のような生涯をつらぬいたひとりの男の姿に、ぜひ触れてほしい。(2001.11.03)

ホームへ