【早川書房】
『深夜プラス1』

ギャビン・ライアル著/菊池光訳 



 自分という人間が何者なのか――どんなことが好きで、どんなことが嫌いで、どのような性格をしていて、どのような状況のときにどのような判断をし、行動を起こすのかということについて、わかっているようでいて、じつは当人が思っているほどわからないものではないかと考えることがある。むろん、それは他ならぬ自分自身のことである以上、本人が一番よく知っているべき事柄であることは間違いないものの、人というものは、自分の内心や思いとは裏腹な、論理ではけっして推し量れない言動をとるものであるし、そのときに置かれた状況や時間の経過といった要素が、当人の言動に大きな影響をおよぼすことがあることを、私はよく知っている。なにより、およそ世のなかのあらゆる事象は常に変化していくものであり、その必然を逃れることは不可能に近いといってもいいものだ。

 自分が何者なのかという命題は、自分がまぎれもない自分自身であるということ、過去、現在、未来をつうじて連続した自分自身を認識するという意味で非常に重要なことではあるが、同時に、自分自身も変化しつづけているという状況を考えるとき、アイデンティティとは他ならぬ自分自身がどうありたいか、という信念の問題とも大きく絡んでくることになる。人は弱い生き物であるし、それゆえにさまざまな状況に流されていく。どんなに豪胆な人物であっても、不意に銃を突きつけられれば動揺もすれば、みっともなく命乞いをすることにもなるかもしれない。それでもなお、自分がこうあるべきというアイデンティティに従って行動するためには、いったいどれだけの決意の大きさが必要なのだろう、と思わずにはいられない。

 ――だが、カントンであるということは計算できない。計算ずくで後へ退けない。そのために、わずか一万二千フランのためとはとうてい考えられないようなことをする……

 本書『深夜プラス1』は、言ってみればハードボイルド調のアクション小説ということになる。そして、そのことを象徴するかのように、物語は何の前触れも、事前説明もなくいきなり読者を語り手の前に放り込んでいく。そこはすでに、語り手であるルイス・ケインが、知り合いの弁護士アンリ・メランからある仕事の依頼を受けるというシーンである。仕事の内容そのものは、いっけんするときわめて単純なもののように思える。ある人物を、フランスのブルターニュからスイスの向こう側にあるリヒテンシュタインまで送り届けること――ただし、その実業家がリヒテンシュタインに向かうことを好ましく思わない勢力がいて、あるいは銃撃戦が起こるかもしれず、そのうえ彼は婦女暴行の罪でフランス警察に追われている。

 物語の展開としてその依頼を引き受けることになるルイスだが、当人がその依頼内容についてどのような評価をしていたのか、といったことについては、本書のなかでほとんど語られることはない。そのあたりの要素ひとつとってみても、自分のじっさいの選択や行動に重きをおくハードボイルドの雰囲気が漂ってくるのだが、単純そうに思えた依頼内容が、物語が展開していくにつれて少しずつ困難なものへとその姿を変えていく。銃撃戦を予測してつけられたガンマンは慢性アルコール中毒にかかっており、また今回の依頼の張本人である事業家マガンハルトは美人秘書をひきつれているうえに、自分の命が狙われているという自覚に乏しく、問題はフランス警察だけだと思い込んでいる。

 マガルハルトを無事目的地に送り届けるためには、いくつかの国境を越える必要があり、そこは当然のことながら警察の網が張られていると考えなければならない。そのうえ、今回の仕事のために用意された車、シトロエンDSを運んできた男が、その車内で何者かに殺されており、まるでこちらの動きが筒抜けであるかのように、道中でガンマンたちの攻撃を受けることになる。はたして、マガンハルトはなぜリヒテンシュタインに向かわなければならず、またなぜ敵はそれを執拗に妨害しようとしているのか。そしてルイスはその依頼を貫徹することができるのか、という物語上の結末に向けた興味もさることながら、本書全体を貫く大きな要点として、語り手ルイス・ケインの人となりというものも重要な要素として浮かび上がってくることになる。

 本書の主役とも言うべきルイス・ケインが、はたして何者なのかという問題は、物語全体をつうじて常についてまわってくる。たとえば本書の「人物紹介」において、彼はビジネス・エージェントということになっている。「もっぱら大陸へ輸出しているイギリスの会社」を相手に、法律相談や顧問のような仕事をしていると彼自身も語っているが、それが正式な弁護士を介することのない、おそらく法律的にはグレーな内容の仕事を請け負っているであろうことは、今回の危険な依頼を受けたことからも見えてくる。そして、彼はガンマンではないにもかかわらず、ガンマンと同じように銃を撃つことができるばかりでなく、自分のもつ銃に対して相当なこだわりがあることも、物語が進むにつれておのずとわかってくる。それもそのはず、ルイスはかつて「カントン」というコードネームをもつイギリスの秘密情報部員に所属していた経験があり、第二次大戦中はフランスのレジスタンスに潜入し、その活動の後押しをしていたという経歴をもっているのだ。

 ルイスが引き受けた仕事は、同時に彼の過去をめぐる遍歴とも結びついている。それは、彼が「カントン」と呼ばれた頃のことを知っている人物との再会を意味するものであるが、そもそものはじまりにおいて、アンリ・メランからの呼び出しに「ルイス」という今の名前ではなく「カントン」という名で呼ばれたことは、非常に象徴的である。なぜならそれは、彼がルイスとして戦後の新しい世界で生きようという意思と、かつてカントンと呼ばれていたころの自分自身とのせめぎあいに、どのような折り合いをつけるべきなのか、というひとつの命題を浮かび上がらせることにもなるからだ。そしてルイスにかぎらず、本書に登場する人物の大半は、多かれ少なかれかつての戦争――第二次大戦において、自身の信じる正義のために戦ったという過去をひきずって生きているところがある。

 本書の時代背景は、戦争が終わって十数年ほど経過した頃を想定しているが、戦争のことを忘れて生きていこうとする人がいるいっぽうで、いつまでも戦争をひきずり、あげく自身の命を危険にさらすような――それこそ用心棒やガンマンといった職業でしか身を立てられなくなっている人がいる。ひとつだけ共通するところがあるとすれば、それは彼らがいずれも、戦争という名の「正義」になかば振り回されるように生きていかなければならなかったということであり、戦争が終わって、同時にその「正義」も意味を失ったときに、どのようにして自身のアイデンティティをたもっていくべきなのか、という問題をかかえていることだ。そういう意味で、本書のテーマは深い。

 自身の気持ちを必要以上に語らず、さりげない描写のなかで多くのことを伝えようとするその乾いた文体もさることながら、けっして容易ではない今回の事件をつうじて、ルイスではなくカントンとしての自分を貫こうという、ある種のやせ我慢を描いているという意味でも、本書はハードボイルドの王道作品である。自分が自分であることへのこだわりが最終的にもたらすものについて、ぜひともたしかめてもらいたい。(2010.03.07)

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