【早川書房】
『パリのレストラン』

ローラン・ベネギ著/藤本優子訳 



 今はもう昔の話であるが、私が学生だった頃に住んでいた界隈は、いわゆる「学生街」と呼ばれていた町で、貧乏な学生を相手にした、安くてボリュームのある料理をふるまう古くからの定食屋が軒をつらねていた。私も当時はよく立ち寄る馴染みの店をいくつかもっていたものであるが、そのなかでもとく印象に残っているのは、風邪をこじられてしまった私のために、わざわざメニューにない軽めの雑炊を出してくれた、居酒屋を思わせるつくりの定食屋で、今にして思えば、ああしたイレギュラーな客の注文によく応じてくれたものだと感心せずにはいられない。

 その定食屋の主人の対応には、かつて多くの学生を相手に料理を提供しつづけてきたという、たしかな経験が息づいていた。そしてそうした臨機応変さは、アルバイトに接客マニュアルを叩きこみ、マニュアルどおりの対応しかさせない、全国にチェーン展開しているような飲食店では絶対に期待できないものだ。

 今ではすっかり外食から縁遠くなってしまった私であるが、たとえ割高になったとしても、人々が馴染みの定食屋に足を運ぶのは、たんにその料理の腕前や、自分で料理をするのが面倒くさいといった理由もさることながら、料理を通して自分と相手がたしかにひとりの人間としてつながっている、という実感も大きいのではないかと思う。たとえ、ひとりで食事をしていても、自分はひとりじゃない、という実感が、かつて私がお世話になった馴染みの定食屋には、たしかにあったのだ。

 本書『パリのレストラン』の舞台となるのは、そのタイトルからもわかるように、パリの街角にある小さなレストランである。「ル・プチ・マルグリィ」――頑固一徹で気も短いが、たしかな料理の腕前で客を喜ばせてきたオーナー・シェフのイポリットと、お客ひとりひとりを大切にもてなす接客態度で皆から親しまれてきたジョゼフィーヌの夫婦によって、35年という長きにわたって経営されてきたこのレストランに、多種多様な人たちが集まってくるところから物語ははじまる。若くて魅力的な黒人女性、小さな子どもをつれた夫婦、渋滞をバイクですり抜けてやってきた兄妹、そしてオーナー・シェフの息子とその妻――なにか特別なことが起きようとしていることを予感させながら展開する物語を読み進めていくうちに、読者はこのレストランが今日を限りに店じまいをすることになり、今夜は親しい人たちを集めた晩餐会が開かれることなっていることに気づくことになる。

 食前酒、前菜、主菜、デザートといった、レストランでのフルコースを思わせる章立てがなされている本書であるが、話の内容自体は、長年愛された一軒のレストランで開かれた、店じまいのパーティーの様子を描くという、地味なものにすぎない。だが、たとえどれだけ地味なものであったとしても、そのレストランには当然のことながら、30年以上にわたる「ル・プチ・マルグリィ」としての歴史があり、また年月を積み重ねてきたという意味では、今夜ここに集まってきた人たち全員にもあてはまることである。本書の大きな特長は、あくまで小さなレストランでの晩餐会を主軸に置きながらも、物語の筋がしばしば過去のエピソードへと自由自在に飛躍していく点だろう。そして、この脱線とも言うべき物語の筋の飛躍は、なにも「ル・プチ・マルグリィ」や、そこで働いてきた人たちの過去ばかりでなく、そこに集うさまざまな人たちの過去や現状をことごとく巻きこむ形でおこなわれているのだ。

 たとえば、オスカーとリディは夫婦であるが、オスカーの女友だちであるビムトゥは、かつて一度だけオスカーと情事を重ね、その結果オスカーの子どもを妊娠している状態にある。また、かつて男色家であったダニエルは、今は同じ名前をもつ女性と恋に落ち、婚約関係を築いているが、かつてはアガメムノンという男と恋人関係にあった。漫画家のポールは、この晩餐会を計画した人間であるが、彼が出していないはずの招待状を、ダニエルは手にしている。長年イポリットの下で働いてきたアラブ人のモフセンは、故郷に残してきた妻にすっかり愛想をつかされ、閉店後の身の振りかたに不安を感じている。そして銀行員のジュリアンは、このレストランが閉店後、完全に取り壊され、自分が勤める銀行の支店となることに罪悪感を抱いている。

 それぞれがそれぞれの思惑や疑問、謎を内包しながら、ひとつの場所に集結したとき、いったいどんなことが起こるのか――下手をすれば、すべてがぶち壊しになっても不思議ではない状況をいくつも抱えこんだ晩餐会であるにもかかわらず、そうしたぎくしゃくした雰囲気をすべて飲みこんで、レストランでの最後の晩餐会、そしてそこで饗されるフルコースが、人々の心をいつしか穏やかなものへと変えていく。そこにはたしかに、さまざまな人間の悲喜こもごものドラマがあったが、「ル・プチ・マルグリィ」が長きにわたって人々をあたたかくもてなしてきたように、彼らの抱える問題が最悪の結果にだけはならないように取り計らう結果をもたらした、と言うことができる。それはまさに、この小さなレストランがもたらした、最後の贈り物でもあるのだ。

 彼らが食事をする様子をイポリットは見ていた。どうやらみんな喜んで料理に舌鼓を打っているようだった。
 料理を振る舞うなど大したことではないかもしれないが、それが彼にできるいちばんの贈り物だったのだ。

 世の中のいろいろなものが急激な変化をとげていくなか、なにかひとつのことを長くつづけていくというのは、たんに困難なことである以上に、それ自体が貴重なものだと言うことができるだろう。継続は時間の積み重ねであり、そこから歴史は生まれてくる。そして、そうして生まれてきた歴史には、経験が人間を成長させるように、それに触れる者の心に何かを残していく。それがたとえば、著者にとっての本書であったとしても、それはまったくもって不思議なことではあるまい。(2003.10.15)

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