【東京創元社】
『魔法飛行』

加納朋子著 



 どうも加納朋子という作家のつむぎ出す物語には、読む人の、本人すらすっかり忘れてしまっていた過去の記憶を思い起こさせる不思議な力があるようだ。今回読了した本書『魔法飛行』が、私の無意識から引っぱり出してきたのは、小学校のときにもらった通信簿だった。小学校の通信簿というのは大抵、数字による段階評価のほかに、担任の先生からのコメントが書かれている項目なんかがあるものだが、ある年の通信簿に「想像力がある」というコメントがあったのを、ふと思い出したのだ。そのときの担任がどのような意図をもってそのようなコメントを書いたのか、今となっては知ることもできないが、そのころの私は、普通の人たちが思いつかないような、突飛な考えや奇抜な発想ができることこそが想像力だと信じていた。今にして思えば、いかにも無知な子どもらしい、浅はかな考えだと言わざるを得ない。
 単に奇抜な発想ができる、ということであれば、それは妄想のたぐいであって想像力とは言わない。相手のことを思いやることのできる力――相手の気持ちを自分のこととして理解してあげられる力こそが、本当の想像力なのだ。

 本書『魔法飛行』は、前作『ななつのこ』の続編にあたる物語である。ファンレターに端を発して知り合うことになった女子短大生の入江駒子と、小説家の瀬尾さん――その駒子が、今度はみずから小説を書いてみよう、というのが今回の物語のはじまりである。「誰かに手紙で近況報告するくらいの、気楽な気分で書いてみたら?」という瀬尾さんの言葉に後押しされるようにして書いた駒子の三つの短編と、それらの短編の総括編とも言えるひとつの短編という構成、そしてそれぞれの小さな物語において駒子が実際に遭遇する謎を、瀬尾さんが作品の感想という形で鋭い謎解きを展開する、という構成は、前作と同じ。ただ、今回は瀬尾さんの感想文の後ろに、奇妙な手紙がくっついているのである。「一種の次元を超えた通信」とあらかじめことわり、自分を物語の読者、そして駒子を物語の登場人物だと述べている、差出人不明のその手紙は、不思議なことに駒子や、彼女の書いた小説を読んだ瀬尾さんくらいしか知らないはずの物語の内容が刻銘に記されており、それが物語全体に不思議なインパクトをもたらす役目を果たしている。はたして、この手紙の主は誰なのか? そして駒子と瀬尾さんしか知り得ないはずの小説の内容を、なぜここまで詳しく知っているのか――幾つもの名前を持っている女の子、ある交差点に出るという子どもの幽霊の噂、学園祭における双子のテレパシー実験などが、いかにも年頃の女の子らしい、ほほえましいほど茶目っ気たっぷりの文体で書かれている、それぞれの短編の謎も非常に魅力的であることは間違いないのだが、やはり例の手紙の謎こそが、本書の最大の謎であり、この物語の中心を成していると言わなければなるまい。そして、最後の真相解明編によってすべての謎が明らかにされたとき、読者はあらためて、本書がやはりミステリー小説であり、物語のさまざまな場所に周到に仕掛けられていた伏線に驚き、その綿密な物語構成のあり方にあらためて感心するに違いない。

 目に見える限られた情報から、目に見えない事柄を推測する力――それは例えば瀬尾さんのように、驚くべき洞察力を発揮してその裏にある真実を見極める素晴らしい力となるときもあれば、ありもしないことを勝手に生み出したり、とかく物事を悪いほう悪いほうに考えさせて、その人を追いつめてしまうこともある。残念なことに、ちょっとした誤解や小さな嘘の積み重ね、強い思い込みといった要素は、その人の想像力をたやすくねじ曲げ、妄想へと変えてしまう。『ななつのこ』、そして『魔法飛行』を通して私が思うのは、なぜ瀬尾さんは、あんなに素晴らしい想像力を持ちつづけることができるのだろうか、ということだった。

 前作『ななつのこ』のなかで、瀬尾さんはプラネタリウムを通じて満天の星々が瞬く夜空のことを語っていた。そして本書においても、彼はわざわざ南半球の星座を見るためにニュージーランドまで足を運んでいる。彼はいつも、空を見ている――おそらく、それがもっともふさわしい答えだ。なぜなら、空想力とは「空を想う力」のことであり、広大な空、そしてその背後に広がる無限の宇宙に想いをはせることのできる人は、そんな大宇宙に浮かぶ星々のあいだを、想像力という名の翼を広げて自由に飛びまわることの素晴らしさを知っている人でもあるからだ。どんなスケールの大きなことだって、想像するだけなら自由なのだ。

 今の子供たちの多くは、ひょっとしたらまるで空を見ないんじゃないかって気がすることがある。それはひどくつまらない、そして恐ろしい想像だ。空を見ようとしない人間に、進歩なんてないと僕は思うから。そして進歩のないところには、未来などないとも思うから。

 それまで物語を書く側であった駒子や読む側であった瀬尾さんたち、言わば物語の外にいた人達を、いきなり物語の登場人物として物語のなかにとり込んでしまうというその斬新な手法もさることながら、何より空や星、宇宙などといった、気の遠くなるほど壮大な事柄に視点をさだめて物語を進めていく著者のダイナミックな感性には、毎度のことながら驚かされてしまう。もし、その感性に少しでも興味を持たれた方がいれば、ぜひ前作『ななつのこ』とひとくくりにして本書を読んでもらいたい。(2000.03.16)

ホームへ