【偕成社】
『闇の守り人』

上橋菜穂子著 



 よくファンタジー小説などに登場する戦士――おのれの肉体を武器にして、敵と戦うことを生業とするこの職業が、たとえば桐野夏生の『ファイアボール・ブルース』に登場する女子プロレスラー火渡抄子のような一部の例外をのぞいて、大抵が男の職業であることは、男女という性別がもたらす体格の違いを考えても、ごく自然なことだと言える。それは、長い妊娠期間を経て子供を出産するという、女性の肉体に宿された生物学的な機能が、戦いという行為には不向きであるということのひとつの事実を物語るものであるが、男と比べて多くの不利な点があるにもかかわらず、武器を取り、戦うことを選んだ女戦士が物語に登場するとき、私はいつも同じことを考えるのだ。いったい、何が彼女を戦いへと駆りたてていくのだろうか、と。

 本書『闇の守り人』に登場するバルサもまた、戦いの中で生きることを選んだ女性のひとりである。神速の短槍使いであり、女用心棒としていくつもの修羅場をくぐりぬけてきた彼女の槍術は、かつては復讐のために磨かれたものだった。前王の死の秘密を知る父を殺し、まだ幼かった娘のバルサにも執拗に追手を差し向けてきた、カンバル王国のログサム王――だが、長い年月が過ぎて、ログサム王も、そして親友だった父の頼みとはいえ、それまでの人生のすべてを捨ててバルサのために戦い、逃亡生活をつづけてきたジグロも、今は過去の人物となっていた。
 逃げる理由も、復讐する相手も失ったバルサが、それでもなお戦うことをやめない理由のひとつに、自分の槍を人を救うために使う、という思いがあるのは、前作『精霊の守り人』でも触れられている。だが、たったひとりの権力者のために、人生をめちゃめちゃにされたバルサの言葉にならない叫びは、吐き出される場所を失ったまま、彼女の心の奥底に沈んだだけで、解決されたわけではない。

 前作で少しだけ語られた、バルサの壮絶な過去――本書は、そんなバルサの過去と、その心の傷にきちんとした決着をつけるために書かれた、バルサのための物語だと言っていいだろう。そしてそれは同時に、ログサム王のために非業の最期をとげた、ジグロほか多くの戦士たちの鎮魂の物語でもある。

 話そのものは、二十五年ぶりに故郷のカンバル王国へと戻る決意をしたバルサが、ログサム王の死によって意味を失ったと思われていた王国のきな臭い陰謀が、思いがけない形で今もなお進行中であることを知る、という流れから語られていく。美しい山並みに囲まれた、しかし肥沃な土地の少ない、貧しい山国であるカンバル――だが、そのユサ山脈の地下で採れる宝石ルイシャ<青光石>が、国の貴重な財源として機能することで、カンバルは国としての秩序を保ちつづけてきた。そのルイシャ<青光石>を所有すると言われる、地下の王国の<山の王>、王国最大の秘儀とされている<ルイシャ贈りの儀式>、そして、地下の王国を守るヒョウル<闇の守り人>――長く守られてきたこの伝統を破り、<山の王>の世界へ攻めこもうと計画している、王国最高の武人ユグロの陰謀は、まるで運命であるかのように、バルサを王国存亡をかけた戦いへと巻き込んでいく……。

 前作の舞台となった新ヨゴ皇国にしろ、今回の物語の舞台となるカンバル王国にしろ、著者が描き出す世界観が、ファンタジーとしてはあまりにも奥深く、色どり豊かなものに感じられるのは、たんにその歴史や制度、人々の生活といったディテールがしっかりとしている、ということばかりではない。著者は常にひとつの世界、ひとつの歴史を唯一無二のものとしてではなく、表と裏、光と影といった、二面的なものとしてとらえようとする。たとえば、<山の王>にまつわる伝説が、カンバル王国の側からは、王国建国者と<山の王>の娘とのラブロマンスとなっているのに対し、遠い先祖が<山の王>の民であったという牧童たちの伝承では、カンバルの人々がかつて、宝石を求めて地下へと攻めこみ、その正体を知って謝罪した、ということになっているのだが、表に現われる歴史が常に力あるもの、勝者のための歴史であり、彼らにとって都合の良いように、しばしば歴史が歪められていくという事実を考えたとき、在野で細々と語り継がれる小さな伝承にも焦点をあてることで、ひとつの歴史を相対的に物語る著者の世界は、それだけ奥行きを増すことになるのだ。

 光と闇の二面性――それは、地上のカンバル王国と、地下の<山の王>の世界が、それぞれ切り離され、独立した存在ではなく、あたかもコインの表と裏のように、互いに分かちがたく結ばれた存在である、ということを意味するものだと言えるだろう。そして、同じく光と闇、ということでは、倒してもいない兄ジグロを討ち取ったと王に告げ、カンバル王国の英雄として名声と権力を掌握していったユグロと、すべての真実を知りながら、巨大な権力の前に成すすべもなく、地を這うような日々を過ごしてきたバルサもまた、物語を大きく引き立てるひと組の光と闇である。ただ、光あるところには必ず闇が生まれ、また闇の中にあるからこそ、一筋の光はまばゆく、美しいものであることを忘れてはならない。

「ガキのころから、おまえのなかには、おさえきれない怒りがあった。その怒りが、おまえのすくいでもあり……呪いでもあった。――いつか、その怒りの、向こう側へいけたら、ずいぶんらくになるだろう……。」

 バルサが今もなお引きずっているジグロの影は、あまりにも深く、あまりにも重い闇だ。その闇を真正面から見据え、決着をつけるための舞台は、<山の王>の住む地下の世界にあった。はたして、<ルイシャ贈りの儀式>に隠された秘密とは何なのか、ヒョウル<闇の守り人>の正体とは? そしてバルサは、心の中にくすぶる怒りの向こう側に、どのような光を見出すことになるのか? 魂を揺さぶられる感動を、きっと本書のなかに見つけることができるに違いない。(2002.02.03)

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