【パンローリング】
『マーケットの魔術師』

ジャック・D・シュワッガー著/横山直樹訳 

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 人生における勝利、というのは、いったいどういう状態のことを指しているのだろうか。巨万の財を築くこと、誰からも尊敬される名声を手に入れること、偉大な発明や発見など、他人にはできないことを成し遂げること、あるいは、愛する家族とともに幸福を享受すること――人生の勝利に対する価値観は相対的なものであり、また時とともに移り変わっていくものでもあるが、もしあなたが純粋に、人よりも多くの金を稼ぐことこそが人生の目的であると考えているのであれば、あるいはトレーダーとなり、相場の世界に足を踏み入れるのがふさわしいかもしれない。

 先物取引にしろ通貨にしろ、あるいは銘柄株にしろ、相場はすべてが価格で表現される、きわめてシンプルな世界である。価値があると判断された銘柄は値を上げ、価値が低いと判断された銘柄は値を下げる。そして、その世界における勝利とは、文字どおり多くの利益を生み出すことにある。日々変化していく経済情勢、そしてそこに関わる多くの人たちの思惑が複雑に入り混じり、しばしば不測の事態や不可能だと思われていた値動きが発生するマーケット――残念ながら、私にはそうした市場の存在意義についての知識はあっても、相場師として生き残っていくだけの経験も知恵もなく、それゆえに、トレードの世界における成功者たちのインタビューを掲載し、相場で成功を収めるための秘訣について迫ったとされる本書『マーケットの魔術師』が、現役のトレーダーやトレーダー予備軍にとって、どれだけ有益なものであるかを判断することはできない。ただひとつだけ言えるのは、たった数分で何万ドルも儲ける者がいるいっぽうで、またたく間に全財産を失ってしまう者もいる相場の世界が、まぎれもない私たちの生きる世界の極端な縮図を成しており、すべてを数字に変換してしまう、シンプルではあるがそれゆえにシビアな世界でもある相場で勝利を収めている人たちが、ほぼ例外なくひとりの人間としても大成した、ユニークで魅力的な人物である、ということである。

 そもそも相場というと、なかなか馴染みのない、とっつきにくいものだと思われがちであるが、私たちの日々の生活においても、ものの価値の変動は常に目にすることができる。たとえば、スーパーで売られている野菜や果物。今では品種改良や農業技術の革新によって、季節に関係なくさまざまな食材が年がら年中手に入るようになっているが、それでもなお、白菜は冬は安いし夏は高く、キャベツは春頃になると安く売られてくる。いつ、どんな野菜が値を上げたり、あるいは値を下げたりするのかは、季節はもちろん、育成状態や気候条件、あるいはそれを仕入れるスーパーの市場における力関係といった、さまざまな要素がからんでくるのだが、相場の基本もこれと同じことが言える。ただ、私たちは現物を安く買うことだけを考えているが、トレーダーは数値としての銘柄を安く買い、そして高く売ることを考えなければならない、ということである。

 本書のなかには、何人ものトップ・トレーダーが登場するが、彼らは間違いなく億万長者であり、莫大な資産を手にした者たちである。だが、彼らへのインタビューを読んでいてわかるのは、彼らはけっして金に固執する金満家ではない、ということである。彼らはほぼ例外なく、過去に大きな失敗をして破産寸前にまで追いこまれた経験を持っている。それまで稼いできた金が、ちょっとした判断ミスによって一瞬のうちに吹っ飛んでしまうという現実――そこは、金に対する現世的な欲が、いかに人間の判断を狂わせてしまうか、ということを端的に示す例の宝庫だと言ってもいい。

 金を稼ぐのは長く険しい道のりであるにもかかわらず、金を消費するのはあっという間である、という事実は、何も相場の世界だけでなく、私たちの人生そのものについても言えることだ。そして、大金を手に入れること以上に困難なのは、手に入れた大金を維持しつづけることでもある。本書で紹介されたトレーダーたちは、長年トレードの成功者でありつづけるために、不断の努力をけっして怠らない。常に市場の動向を勉強し、リスク管理を徹底し、何より自分だけが頼りの世界で自分の判断に責任をもち、また強い信念で勝つことに挑みつづける彼らはある意味、金が持っている人を堕落させる魔力と常に戦いつづけているようにも見えるのだ。まるで、修験者や聖職者ででもあるかのように。

 勝っても負けても、皆自分の欲しいものを相場から手に入れる。負けるのが好きなように見える人もいる。だから、彼らは負けることによって手に入れるんだ。

 著者の「全てのトレーダーは勝ちたいのでは?」という質問に対する、エド・スィコータのこの答えが、相場の世界がどういうものなのかを一番よく示している。私たちはたいてい、金が欲しいと思っている。だが、本当に大金を手に入れることのできる者は、ごく限られた人間だけである。なぜなら、私たちが抱く「金がほしい」という欲望は、たんに欲しいモノを買うための金がいる、というだけで、純粋に金が欲しいというわけではないからだ。なかには、安全や幸福といった、金では買えないようなもののために金を欲しがっている人もいる。そして、億万長者になった人間というのは、ただ億万長者になりたかったのではなく、何かの目標の過程において、金が付随的についてきたにすぎない、というのがほとんどである。逆に言えば、億万長者になりたい、などという目標だけでは億万長者にはなれないし、そんな漠然とした目標はけっして長続きしない、ということでもある。

 相場とは、そうした事柄に対して非常にシビアな反応を示す世界なのだ。だからこそ、ある者は稼いだ金を惜しげもなく慈善事業への寄付に当てているし、ある者はトレードの世界を心から愛しており、稼いだ金でさらに実験的なトレードを模索し、現金に代えることなど考えもしない。金の現実的な価値に執着していては、損を出したときのプレッシャーに押しつぶされてしまう――私がこの書評の冒頭で「金が稼ぎたいなら相場で勝負しろ」と言ったのは、つまりはそういうことである。

 もしあなたが、相場で金を儲けたいと考え、本書を手にしたとするなら、あなたはまず、たんに金を稼ぐだけではない、もっとしっかりとした人生の目標を持つ必要がある、ということを学ぶことになるだろう。(2003.03.26)

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