【新潮社】
『素数の音楽』

マーカス・デュ・ソートイ著/冨永星訳 



 素数というのは、1と自身以外の数字では割り切れない数のことであり、世の中にあるすべての数字は素数をかけあわせることで作り出すことができる、という意味で、化学における元素記号にも匹敵する数学の根源的数値だと言われている。もっとも、ほとんどの人たちにとって素数というものを意識するのは、せいぜい中学の数学の授業で教えられる素因数分解程度のものであり、実生活において素数がどのような役に立っているのか、今ひとつピンと来ないというのが正直なところだと思う。だが、たとえば私たちがここ数年においてずいぶん身近なものとして触れることになったインターネット、とくにeコマースの世界において、クレジット番号などの重要な情報を安全にやりとりするための暗号化の技術に素数が重要な役割をはたしているとしたら、どうだろう。いったい、素数のどのような性質が暗号化技術に絡んでいるのか、興味をもちはじめる人がいても、けっしておかしなことではない。じじつ、世界に名だたる企業が、素数の研究に大きな関心を払っているのが実情なのだ。

 化学元素周期表に載っている元素は109個と有限であるが、素数の数は無限である。このことははるか昔、紀元前の学者エウクレイデスによって証明されているが、ではある数字が素数かどうかを調べる方法はあるのだろうか。無限にあるとされる素数すべてに対して、きちんとあてはまる法則、方程式といったたぐいのものは、はたして存在するのだろうか。本書『素数の音楽』は、そんなきまぐれで底意地の悪い、しかし数多くの数学者たちを魅了しつづけてきた素数に対して、果敢に挑戦していった人たちの闘いの記録であるが、同時に素数がもつ秘密をあますところなく伝える作品としても仕上がっている。

 数学者が何百年にもわたって探ってきた数の宇宙、無限に広がるその宇宙のあちこちにちりばめられた宝石が、素数なのだ。――(中略)――2、3、5、7、11、13、17、19、23……時を超えたこれらの数は、現実世界とはまったく独立した世界にある、自然からの数学者への贈り物なのだ。

 まるで神のきまぐれのように、でたらめに並んでいるように見える素数の秘密、その法則性をなんとかして解き明かしたい――本書は冒頭で素数の数学界での位置づけを固めたうえで、歴代の数学の天才、奇人たちがいかにして素数の問題にとりくんでいったかを、ちょっとした人間ドラマ風に紹介しており、その個性豊かな面々の、悲喜こもごもの姿を追っていくだけでも充分面白いものがあるのだが、何より重要なのは、数学、それも世紀をまたいでなお未解決のまま残されているリーマン予想をはじめとした、数々の専門知識を説明するのに、素数というひとつの筋書きを与えることによって、そうした知識になじみのない読者にもかなりとっつきやすい内容として解説しているという点である。

 ためしに、「リーマン予想」という語句でネットに検索をかけてみればわかると思うが、ゼータ関数のゼロ点の分布だの、素数定理や複素数がどうのといった専門用語がちりばめられていて、とっつきにくいことこのうえない。そのうえリーマン予想とは、1900年にヒルベルトが提示した数学にかんする23の問題のうち、唯一未解決のまま二十一世紀に持ち越されたといういわくつきの難問である。本書を理解するには、まずこのリーマン予想が素数の法則という点で重要な位置づけとなっていることを理解しなければならないのだが、そのために本書は、素数のパターンを見出すことの困難さを、数学の証明の重要性とともに紹介したうえで、ガウスが対数表からヒントを得て、素数がある数字の範囲内にいくつ存在するかという視点からそのパターンを見極めようとした経緯、虚数というあらたな概念の導入、ディリクレのゼータ関数による素数の無限数の証明を経て、虚数の世界を探索していたリーマンが、ゼータ関数の解がゼロとなる数値の分布図と素数との関連性があきらかにされるまでを、きちんと順序だてて解説してくれる。そしてこのとき、読者は本書のタイトルにもなっている「素数の音楽」が、けっして比喩でもなんでもなく、文字どおりの音楽、振動の波であることを理解できるようになっている。

 素数というのは、概念としてはわかりやすいものだが、リーマン予想と素数の関係をわかりやすく説明するのは並大抵のことではない。そういう意味で、その困難な作業を専門書としてではなく一般書として書き上げていくのに成功した本書は、まさしく力作というにふさわしいものであるが、何より物語性というものを好む私の個人的な意見として言うなら、本書のなかには間違いなくひとつの物語、人間たちの熱きドラマがある。素数をめぐる歴史の裏にあるもの、それは、不可能だと思えるような途方もない事柄に対して、けっして臆することなく果敢に立ち向かっていく人々の、あくなき挑戦とその信念の強さである。

 本書を読み進んでいくとおのずとわかってくることだが、本書に登場する数学者たちは、いずれも数の世界に魅了され、その謎を解き明かしたいという情熱をその胸に秘めている。いっけんバラバラな数字の羅列のなかからある法則性を見つけ出す、というのは、たとえば私をふくめたシステムエンジニアがプログラムを作成するときにその真価を発揮する能力でもあるが、何より数学者たちの頭には、世界のすべての事柄は数式に置き換えることが可能だという強い信念を背負っている。美しく、エレガントに世の中のあらゆる物理法則を規定する数学は、証明さえできればそれは絶対のものとして何ぴとも反論するすべをもたない。そうした数学への思い入れは、この宇宙にただひとつ、正しいものがあるという一種の宗教にも似たものを感じさせる。その思いは、ときに数学者を狂気の世界へと引きずり込むものであるが、それでもなお、人々は数学に魅せられ、あるいは徒労に終わるかもしれない謎解きへと向かうことを止めはしない。

 人は鳥のように空を飛ぶことはできない。だが、自分の代わりに空を飛ぶ道具を作り出し、それに乗って空を飛ぶことを実現させた。いつの時代においても、それまで不可能だと思われたことに挑戦していく人々の姿は、滑稽である以上にたくましく、美しい。それは、人間がほかならぬ人間だからこその美しさであり、強さでもある。

 素数の法則性の問題からはじまって、物語は量子力学やインターネットにおける暗号化技術など、思わぬ方向へと伸びていく。いっけん何の役に立つのかわからなかった数学の世界が、現実世界としっかり結びついている、という実感を与えてくれる本書は、きっと読者に新たな世界を垣間見せてくれるに違いない。(2007.10.12)

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