【新潮社】
『湖の伝説』
―画家・三橋節子の愛と死―

梅原猛著 



 芸術とは何だろう、とふと考える。

 それはたとえば、衣・食・住のように、人が生きていくのに絶対的に必要なものではない。もし私たち人間が、ただ生きて死んでいくだけの動物であるとするなら、芸術など無用の長物だし、そもそも芸術など誕生してこなかっただろう。だが、意識というものに目覚めた人間は、自分の生と死を見つめ、「なぜ生きるのか」と問わずにはいられない生き物となった。

 私は読書に人生を捧げたような人間であるが、たとえば小説を読んで、あるいは音楽を聴いて、または映画を観たり絵画を鑑賞したりして、心震えるような体験をする。感動する、という心のはたらきは、おそらく意識を持った人間にのみ与えられたものだろうと私は思う。そして人は、感動することによって、自分の生を実感するのだ。

 三橋節子という方をご存知だろうか。今回紹介する本書『湖の伝説―画家・三橋節子の愛と死―』は、そのサブタイトルにあるように、日本画を主として絵を描いてきた三橋節子の、35歳というあまりにも短い一生を書いた伝記であり、同時に彼女が遺した絵を紹介し、著者自身の評価を載せた評論でもある。三橋節子の描く絵は、本書の中でも述べられているように、けっして技術的にすぐれているわけではない。にもかかわらず、著者の梅原猛は、『三橋節子画集』を見て、「はなはだ感動した」と述べている。
 著者を感動させたもの――それは、芸術家としての三橋節子にではなく、ひとりの人間として生きた三橋節子に対してであり、彼女を襲った過酷な運命を受け入れ、昇華するかのように描かれた作品がかもしだす、生と死の格闘と調和のイメージであろう。

 三橋節子を35歳の若さで死にいたらしめたのは、癌である。当時、癌といえば治る見込みのない、死の病として恐れられてきた病気であるが、それ以前に彼女は、その癌によって利き腕である右腕を奪われている。画家にとっては致命的とも言える利き腕の喪失――しかし、三橋節子は退院後わずか6ヶ月で画家として復帰、新製作展に作品を出展し、みごと入選するという快挙を成しとげた。そう、彼女は残された左腕一本で、以前よりはるかにすぐれた作品を生み出すことができるようになったのである。だが、その手術の甲斐なく、癌は確実に彼女の命を蝕んでいく……。

 人を絶望のどん底に突き落とす不幸を何重にも背負って、それでもなおとり乱したり、無気力になったりすることなく、ただ心静かに死という現実を受け入れ、絵を描きつづけることができた三橋節子とは何者なのか――その深い感動とともに生まれた疑問こそが、著者をして本書を書かしめた最大の原動力であることは間違いない、そして家柄に、両親に、夫に、子どもたちに恵まれ、多くの愛とともに生きてきながらも、そのすべてを残してこの世を去らなければならない彼女の姿のなかに、著者は「芸術」というもののひとつの真理を見出したのではないだろうか。

 芸術家というものは、特別に真実を見る眼をもたねばならぬ。宗教が力を失った時代に、芸術家は真の人間のあり方を、教えるものでなければならぬと私は思う。その芸術家が、己れの死を前にして、その真実を教えられないとしたら、それはひどく淋しいことであるように思われる。

 著者の、三橋節子の絵に対する評価は、多分に思想的なところがある。垂直と水平の関係、あるいは赤と白の関係を生と死の象徴として見立てたり、絵の中に登場する女性の顔の神々しさを「仏のようだ」と評し、三橋節子自身をも仏と同一視してしまうなど、評論家としての著者の態度は、あまりにも三橋節子への傾倒が大きすぎるようにも思われるが、それでもなお、ひとりの画家がその生涯にわたって描き上げてきた作品を、すべて紹介し、評価していくという作業が、並の情熱ではとうてい成し遂げられない、大変なものであっただろうということは、容易に想像のつくところである。

 本書の中には、しきりに「愛」という言葉が出てくる。現代においてはもはや使い古され、音楽をはじめとするメディアの大量消費によって、今や言葉ばかりが上滑りしている感のある「愛」を、しかし三橋節子というひとりの人間にあてはめたとき、彼女自身を襲った不幸の大きさにもかかわらず、いや、それだからこそ、と言うべきだろうか、読者は、彼女が夫をはじめとする数多くの人たちの愛に包まれていて、また彼女自身もその愛に答えていこうと努める姿を見ることができるはずである。そこにはたしかに、その意味を失いかけている「愛」の形があるのだ。

 芸術が感動というエネルギーで、それに接する人たちの生を実感させるものであるとするなら、多くの「愛」によって絶望と恐怖をのりこえ、「愛」を原動力にしてひとつの芸術を築いていった三橋節子の絵は、まさに人間として生きる者たちすべてに感動を与えることになるに違いない。もとより、私には絵のことはよくわからないが、私が彼女の絵に感動するとすれば、絵そのものにではなく、「絵は心で描く」と言い、それを自ら実践してみせた三橋節子の生き様にこそ感動することになるだろう。芸術と、その芸術を成す人が、ともに調和することで生まれる本物の感動、生きるための感動を、ぜひ味わってもらいたいものである。(2002.03.11)

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