【祥伝社】
『売国者たちの末路』

副島隆彦/植草一秀著 



 2009年8月の衆議院選挙で300以上の議席を確保して自民党に圧勝した民主党は、社民党と国民新党との連立政権を樹立し、新しく鳩山内閣が誕生することになった。事実上の政権交代が実現したことになるのだが、副島隆彦と植草一秀の対談集である本書『売国者たちの末路』によれば、この政権交代はまさに悲願ともいうべき出来事だった、ということになるのだろう。なぜなら、彼らは一貫して、小泉純一郎や竹中平蔵らの政策を「アメリカに国を売る売国政策」だと批判しつづけ、2007年8月に起きたアメリカのサブプライム・ローン問題を機に、彼らの政治的な力が急速に衰えたという見方をしているからである。そういう意味では、今回の政権交代劇は、起こるべくして起こったということでもある。だからこそ、『売国者たちの末路』などという、過激なタイトルがつけられることになったのだろう。

 本書の基本論調は、2001年から5年近くつづいた「小泉・竹中構造改革政治」が、構造改革とは名ばかりの、アメリカによる日本の資産を強奪するためのものであり、「郵政民営化」もその手段のひとつでしかなかった、というものである。小泉政権が日本の経済に与えた悪影響などについては、最近になっていろいろ耳にすることはあったものの、具体的にはどのようなことが行なわれてきたのか、よく見えないところがあったのだが、本書はおそらくそのなかでももっとも過激な批判を展開しているものである。

 もうひとつの論調はいわゆる「国家の暴力」であり、その犠牲者のひとりとして対談相手である植草一秀自身も挙がっている。過去二度にわたって報道された植草一秀の痴漢事件が完全な冤罪でしかなく、その裏には政治的な謀略部隊が警察や検察のなかにあり、彼らやメディアもふくめて、アメリカの意のままに動くようになっている。そして、都合の悪い人間――ここでは真に日本の国益を考えて行動している人たちを次々と陥れ、社会的に抹殺しているのだ、という主張である。

 こうして概要だけをピックアップしてしまうと、まるで何の小説の世界の話なのか、と思われるような内容となってしまうし、そこに書かれている事柄のどこまでが真実なのか、私たちにたしかめるすべもない。対談の内容はきわめて理路整然としたものがあり、とりわけ植草一秀の痴漢冤罪にかんしては、素人目で見ても警察や検察側の不自然で、有無を言わさないやり方に違和感をおぼえるものの、副島隆彦の論調は対談相手の植草一秀への敬服が先走っているためか、ともすると熱くなりすぎて冷静さを欠くような部分さえ見られる。だが、それでも私たちは、ここ数年来における警察をはじめとする国家権力、およびマスメディアの様子がどうもおかしい、変だということに、薄々気がついてきているはずだ。

 たとえば、電車のなかで痴漢に間違えられるというのは、男であり、サラリーマンであり、電車通勤をしている私にとっても、けっして他人事ではない。にもかかわらず、専門の弁護士の話によると、痴漢に間違えられたときの最良の策が「話し合わずに逃げる」ことだという。ふつう、痴漢をやっていないのであれば、堂々とそのことを主張すればいい。何が正しく、何が間違いであるのかを見極めるのが司法の役割なのだから、やっていないとわかっていることで罰されるいわれはないはずなのだ。にもかかわらず、専門の弁護士は「逃げろ」と言う。そこには痴漢として捕まったら最後、その真偽は関係なくかならず痴漢の犯罪者に仕立て上げられてしまうという事実があるのだ。素人の私が考えても「なんだそれ」と思う。警察や検察、裁判官といった公務員たちは、まともにその職務をはたしていないと思われても仕方のない現実が、少しずつ見えてきている。

 マスメディアにしても似たようなことが言える。私は現在ほとんどテレビを見ていない(というより、家にはテレビそのものがない)のだが、ネット上のニュースを追っていても、自民党の麻生政権発足時における「麻生叩き」にはどこか異常なものを感じさせるものがあった。新しい政権ができて間もなく、まだまだその成果を出すだけの時間も経っていないというのに、なぜ麻生内閣はここまで叩かれるのか、それも、高級料理を食べたとか、漢字が読めないとかいった、とてつもなくくだらないことを槍玉にあげ、肝心の政策などにはほとんど触れようとしない。素人の私が考えても「もっと報道すべき大事なことがあるだろう」と思っていたことでもある。

 司法にしてもメディアにしても、あるいは政治家や官僚にしても、何かとんちんかんなことをやっているように思えていたのだが、そうした妙な動きについて、本書はそれなりに整合性のある答えを導き出している。そしてアメリカのサブプライム・ローン問題がアメリカにダメージを与えたことで、日本の風向きが変わろうとしていると読んでいる。基本的は知識人による対談であるため、政治や経済に対するある程度の基礎知識を前提として話が進んでいるところがあるものの、政治家や官僚などの実名を挙げて弾劾する姿勢は潔く、それゆえに著者たちの身辺に何か不測の事態が「演出」されるのではないか、と心配してしまうほどである。

 正直なところ、民主党による政権にはどこか不安があるというのが私の本音であるが、今回の政権交代によって年老いた旧来の政治家が政治の舞台から去ることで、日本の政治家の顔ぶれが一新されたというのは、良かったというか、必然だろうと思っている。それは、あるいはもっと早くに行なわれるべきことであったのかもしれない、と本書を読み終えてふと思う。私は政治や経済のことにけっして明るいわけではないが、それでもひとつだけ言えることがあるとすれば、真面目に生きてきた人が馬鹿を見るような国は、やはりどこか間違っているということである。本書に書かれている「政・官・業・外・電の悪徳ペンタゴン」というものが、もし本当に存在しつづけているのであれば、今度の民主党政権がどこまでそうした悪弊を正すことができるのか、そして真の国益のためにどれだけのことができるのか、注意深く見守っていくべきなのだろう。(2009.10.10)

ホームへ