【新潮社】
『ぼくたちの好きな戦争』

小林信彦著 



 8月15日は日本の終戦記念日である。今から56年前のこの日、日本は連合国軍に対して無条件降伏し、太平洋戦争は終結した。そういう意味では、たしかに「終戦」記念日だと言うことができるのだろうが、毎年、この時期に、この言葉を聞くたびに、私はふと思うのだ。本当は、日本にとってこの日は「終戦」ではなく「敗戦」なんだよな、と。そして私のその思考は、敗戦という負のイメージに、記念日というお祝い事のような言葉をつけるのは、いかにもナンセンスだし、だからやっぱり「終戦記念日」でいいのかもしれないな、という意見に最終的には落ち着くことになる。

 私は戦争を知らない。戦後の貧困と荒廃の様子も知らない。私が生まれたのは高度経済成長まっただなかの、第二次ベビーブームの頃だ。そんな私たち同世代にとって、日本がかつて体験した太平洋戦争は、遠い過去の出来事であり、およそ私たちの現在の生活とは無縁の場所にある「歴史」でしかない、と思われてきた。だが、たとえば服部泰平の『切手のない手紙』や、ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』など、いわゆる「戦後生まれ」の者たちが語る戦争、というのが注目されはじめている。それはおそらく、現在のどうしようもなく閉塞してしまった世の状況の、そもそもの原因がどこから生まれてきたものなのか、そしてこの閉塞感を突破するために何をしなければならないのか、何をすべきなのか、ということを真剣に考えていこう、とするひとつの意志である。そして、そんな彼らの視線が「戦後」とずっと呼ばれてきた日本のそもそものはじまりである「戦争」へと向けられるのは、いわば当然の帰結だと言うことができるだろう。

 ところで、本書『ぼくたちの好きな戦争』というタイトルだが、いかにも人を食った、という意味では、「敗戦記念日」という言葉といい勝負をしている。そして本書の中で繰り広げられているのは、戦争という、語るにはあまりにも重いテーマをひたすら喜劇として演じる、という試みである。なにせ、ページをめくってみれば、戦場において死を覚悟した兵士たちが辞世の句を読んでいるうちに、なぜかその場はギャグ大会となり、さんざん酔っぱらったあげく、全員が陽気に笑いながらバンザイ突撃をして玉砕してしまうのである。冒頭からしてこうなのだから、著者のその徹底ぶりは、そうとうな覚悟があってのことだと言わなければなるまい。

 戦争を喜劇化すること――ある意味、これほど戦争というものの愚かしさ、馬鹿馬鹿しさを表現できる方法はないだろう。なぜなら、戦争そのものの本質は、かぎりなく悲劇に近い喜劇であるからだ。だが、現実として人間どおしに殺し合いをさせ、大勢の人間の命を奪い、大きな悲惨と苦悩とをもたらす戦争を喜劇とすることは、非常に危うい行為でもある。下手をすれば喜劇はおろか、悲劇にすらならず、ただ文章だけが宙に浮いてしまう、ということにもなりかねないのだ。そのような危険な行為を、なぜ著者は行なわなければならなかったのか。

 先に述べたように、私は戦争を知らない。しかし、過去の戦争において日本にどのような不幸が降りかかってきたか、ということについては、あくまでも知識としてではあるが、理解しているつもりである。また、戦時中に日本軍が大東亜共栄圏の名のもとに、アジア諸国に対して振りまいてきた不幸についても同様である。戦争を語ることについて、私ごときがとやかく言える立場でないことは充分承知しながらも、あえて言わせてもらえれば、最終的に自分にも相手にも大きな不幸しかもたらすことのない戦争を、なぜ人間は今もなお繰り返すのか、ということを思わずにはいられないのだ。

 たとえば、片道分の燃料しか積んでいない戦闘機で特攻をかけるという神風特攻隊――今の私たちからすれば、とても正気の沙汰とは思えない行為であるが、その時、その人たちにとっては大真面目な現実であったという事実、そして、そんな無謀な特攻を命令し、まるでゲーム感覚でその撃墜率を競っていたと言われている軍司令部の存在を大局から見据えたとき、そこから浮かび上がってくるのは何であろうか、と考える。怒りだろうか? 悲しみだろうか? いや、おそらく私たちは、そうした通常おこるはずの感情を通り越したところにある、シニカルな滑稽さをそこに見出すことになるのではないだろうか。

 現実は私の考えるギャグを超えてしまった。問題は、そうした現実の中に私がいることだ。

 本書の中に登場するペンドルトン少尉は、本書のなかでさらに日本とアメリカとの戦争を題材にした小説を書くという、メタ戦争の担い手であるが、日本とアメリカとの立場が逆転し、およそアメリカ人がいかにも勘違いしそうな仮想国「ニッポン」をユーモアたっぷりに描いている彼をして「ギャグを超えた」と言わしめる戦争――それこそが、まさに著者がまのあたりにした戦争の姿ではなかったか。

 著者は昭和7年に東京の両国で生まれた。つまり、著者はその思春期を、戦争という異常な時間の中で過ごしたことになる。著者はおそらく、戦争開始直後の連戦連勝による、人々のうかれ騒ぎも、終戦直前の沈鬱とした雰囲気も、そして東京大空襲による命そのものの危険も体験しているはずである。戦争は悲惨なもの――そのことはまぎれもない事実であるが、その悲惨さの根底には「戦争に負けたから」という圧倒的な事実があることを、著者は誰よりもよく知っていたに違いない。

 注文した三色アイスが、じつは二色アイスであったことにこだわっている誠、妻となってなお女中でいつづける女にうんざりしている公次、戦場で食料がほとんど何もないにもかかわらず、唯一の食料である伝書鳩を食べるのにベーコン巻きのローストにすることにこだわっている兵士、そしてタップダンスとグルーチョ・マルクスの物真似にこだわる史郎――戦争中であっても、あるいは戦場のただなかにあっても、まるで戦争など自分とは関係ない、と思いこんでいるかのような人間、戦争に勝っているときのおいしい部分はちゃっかりと堪能してしまう人間という生き物は、著者にとっては喜劇を演じるエンターテイナーとして描く以外に表現する方法がなかったのではないだろうか。

 戦争はたしかに悲惨なことではあるが、もし仮に、日本が太平洋戦争で勝利していたとしたら、日本人は戦争に対して今ほど罪の意識を持っていただろうか――そんな人間のどうしようもない姿を、戦争という舞台を使ってあからさまに表現してみせた本書のタイトルとして『ぼくたちの好きな戦争』ほどふさわしいものはあるまい。(2001.05.18)

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