【東京創元社】
『ジョン・ランプリエールの辞書』

ローレンス・ノーフォーク著/青木純子訳 
1992年度サマセット・モーム賞受賞作 

背景色設定:

 自分が心底惚れこんだ事物について、自分の手で書きあらわすという行為は非常に楽しく、心躍るものだ。私がこのサイトに載せている書評にしても、個人的に読んでいて面白かった本、好みに合うような本の書評については、やはりすらすらと文章が浮かんでくるし、その本に関することをもっといろいろと書きとめておきたい、という気持ちにもなってくる。

 そういう意味で、辞書の編纂はその尽きせぬ願望をかなえてくれる、究極の形だと言っていいだろう。なにしろ、扱う事象のすべてを網羅しているものが「辞書」なのである。それを編纂するということは、必然的にその事象についてあらゆることを知っていなければならない、ということでもあるが、同時に編纂する人にとっては、その事象に対する自身の思い入れへの挑戦、という意味合いもそこにはふくまれている。私も以前、ある小説に関する用語事典をまとめてみたことがあるのでわかるのだが、辞書としてまとめようという意思が、私をその小説にさらに深く没入させるひとつのきっかけにもなったと、今になってふと思うのである。ある事柄についてもっとよく知りたい――もちろん、あれば便利だからという理由もあるだろうが、辞書というものがこの世に生み出されたそもそもの要因は、そんな人々の尽きせぬ思いにあるのではないだろうか。

 本書『ジョン・ランプリエールの辞書』について、語るべきことは数多くあるが、何にせよまず述べておくべきなのは、やはりそのタイトルにも冠されているように、本書がジョン・ランプリエールという人物によって編纂された辞書にまつわる物語である、という点である。だが、その彼が本書のなかで辞書の編纂にとりかかるまでの過程は、けっして平坦なものではない。というよりも相当に奇妙な紆余曲折があり、その裏にはさまざまな謎やトリックが仕掛けられており、さらにはある人物の陰謀や謎の組織の思惑などが複雑に入り混じっているという具合で、そのことを説明するだけでもなかなか一筋縄ではいかない、というのが本当のところなのだ。

 ジョン・ランプリエールが辞書を編纂することになったのは、神経症の治療のため、ということになっている。彼は小さい頃から古典文学に親しんできた読書少年であり、22歳という若さで古典学者としての才覚を現わしつつあった。だが最近になって、本で読んだ事柄が現実となって彼の目の前に立ち現われてくる、という奇妙な現象に悩まされていた。その最たる例が、彼の故郷であるジャージー島でおこった悲痛な事件である。彼が密かに恋焦がれていた子爵の娘、ジュリエットの水浴姿に出くわしてしまったジョンは、彼と同じくその場に居合わせていた自分の父親が、子爵の飼っていた猟犬にズタズタに噛み殺されるのを目撃してしまったのである。その様子は、まるでローマ神話に登場する女神ディアナの水浴を覗き見たために鹿に姿を変えられ、自身の猟犬に八つ裂きにされてしまった狩人アクタイオンのエピソードとそっくりであり、それ以降、彼は父親の遺産相続の件で赴くことになったロンドンでも、似たような現象に悩まされるようになる。彼の頭の中に渦巻いている数々の古典に関する知識を吐き出させるために導き出された処方、それが、辞書を編纂するというものだったのだ。

「訳者あとがき」によると、ジョン・ランプリエールとは18世紀に実在した古典学者であり、じっさいに彼の手で編纂された「古典籍固有名詞辞典」なる辞書があるという。こんなふうに説明してしまうと、まるで本書がジョン・ランプリエールという人物の伝記であるかのように受け取られてしまいかねないのだが、ここで重要なのは、著者が心底入れ込んでしまったのが、辞書編纂者であるジョン・ランプリエールというよりも、むしろ彼が編纂した辞書そのものだった、という点である。まだ神々が人間と同じ世界で生き、言葉が文字どおりの意味しか持ち得なかった古代の神話や伝説にまつわる地名、人名、神々の名前やそこでおこった出来事に関する名前などを、それにまつわる数々のエピソードとともに網羅した辞書――それがジョン・ランプリエールが編纂した辞書の本質だとするなら、たとえばクラフト・エヴィング商會の『すぐそこの遠い場所』に登場する「アゾット事典」のような魅力がそこにあったとしても、なんら不思議なことではあるまい。

 ドラゴンやペガサス、妖精といった幻獣が登場し、神々がその神聖な力で人間世界に介入し、英雄たちが自身の名誉や姫の愛のために困難な戦いに挑む古代の世界――そんな魅力あふれる世界を凝縮したかような一冊の辞書にまつわる物語は、それにふさわしい壮大なスケールのものでなければ釣り合うものではない。それゆえに、著者はジョン・ランプリエールという人物の歴史を史実のままに描き出すのではなく、自身の想像力を際限なく羽ばたかせることによって、ファンタジーともミステリーとも歴史小説ともつかない、絢爛豪華で奇想天外な冒険譚として仕上げることに成功したのである。

 そう、たしかに奇想天外な物語なのだ。そしてジョンに辞書を書かせることになるそもそもの原因についても、じつにおかしなことばかりである。ジョンの古典に関す知識の量は半端なものではないし、たしかに小さい頃の彼は、近眼という自身の症状を、空想世界で遊ぶための道具としていたところもあったが、それでもなお、父親の死はまぎれもない現実であって、けっして空想でも幻でもないのだ。そして遺産相続という名目で、彼の手に渡った古い合意書――ジョンは辞書を編纂するかたわら、自分の先祖がフランスの伯爵と交わした合意書の真意を探ることになるが、そこには彼の父親はおろか、ランプリエール家が代々にわたって受け継ぎ、挑戦していっては敗れ去ったある深い謎が口をあけて待ち構えていたのである。そしてそのとき、ジョンは偶然だと思っていた数々の出来事のことごとくが、何ものかの手によって書かれた緻密なシナリオをなぞっていただけだという事実を知ることになる。

 はたして、ジョンが手にした合意書は何を意味するものなのか? ロンドンの地下に潜伏し、東インド会社を実質的に支配している秘密組織「カバラ」とは何か? 端の欠けた円環を模した紋章が意味するものは? そして何度か交錯しながらもなかなか近づくことのできないジュリエットの正体と、彼女との恋の行方は? 航海中に行方不明になった船ややけに平等主義を標榜する海賊、ジョンをしつこくつけ狙う暗殺者、さらにはサイボークといったSF的な要素までもが入れ乱れ、18世紀のロンドンを舞台に起こった歴史的事件を取り込みつつ、物語はいつしか17世紀に起こったユグノー弾圧の最終戦とも言うべきラ・ロシェル包囲戦にまで遡っていく。非常に重厚で複雑怪奇であり、しばしば物語の本筋とは外れたエピソードが、さながらジョンが編纂した辞書のようにちりばめられている本書であるが、その大筋をあらためて取り出してみると、本書はジョン・ランプリエールが辞書を編纂する物語であると同時に、遠い先祖から脈々と受け継がれてきたランプリエール家の血脈をたどるための物語であり、また自身の愛する者を勝ち得るための物語だと言うことができるのだ。そして、この一連の物語においてジョン・ランプリエールがたどることになる展開が、じつは伝統的な貴種流離の物語形式――古代ギリシアやローマの英雄物語などに数多く見受けられる物語形式を、あえて踏襲させていることが見えてくる。

 自身の血族にまつわる因縁と謎、そして愛しの乙女を求めるために、故郷を旅立つことになる若者――そもそもジョン・ランプリエールがロンドンに赴くことになる事件の要素を分析すれば、おのずと見えてくる物語構造ではある。そしてそんな彼にとって、辞書の編纂という行為は文字どおり、自分が知りたいと思う事柄への尽きせぬ思いへとつながるものでもある。言ってみれば本書は、辞書編纂という名の神話の再構築なのだ。

 ディアナとアクタイオンのエピソードをはじめ、本書にはさまざまな神話をモチーフにした要素が詰め込まれている。おそらく、私にもわからないこまかい部分も数多くあるのだろうが、ひとつだけたしかなのは、現実にある「ジョン・ランプリエールの辞書」が、ひとりの作家にこれほどまでに壮大なストーリーを書かせるだけのものを持ちえていた、ということである。物語というものがもつめくるめくエネルギーの大きさを体感したい方は、ぜひとも本書を読んでみてほしい。(2005.05.18)

ホームへ