【角川書店】
『レフトハンド』

中井拓志著 
(第4回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作) 

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 それまで天災だと思われてきた事件なり事故なりが、よくよく注意して調査してみると、まぎれもない人災だった、というのは残念ながらよくあることである。ミクロネシアのある島を襲ったあの大津波は、はたして天災だったのか。阪神大震災でこうむった被害の、どこまでが天災でどこまでが人災だったのか。今年も日本のあちこちで問題になりそうな水不足は、いったい何が原因なのか。O−157はどうやって生まれたのか。エイズウィルスは本当はどこから来たのか。こう考えると、人間が自らの手で天災をよりひどいものにしているような気がしてならない。

 人間の左腕に巣食い、最終的には宿主を殺して「脱皮」、左腕だけがまったく別の生き物となって別の人間を襲う――致死率90パーセント以上(事実上の100パーセント)の、空気感染能力をもつウィルス――LHV。本書『レフトハンド』には、そんな身の毛もよだつような殺人ウィルスが登場する。

 製薬会社テルンジャパンがもつ、埼玉総合開発研究所の北エリア三号棟――スキンケアの研究をしていたはずのその棟のなかで、LHVが誤って漏洩。会社はバイオハザードを発動し、三号棟を完全に封鎖、LHVの感染地域をとりあえずその建物のなかだけに押さえることに成功する。だが、そのウィルスの開発を進めていた影山智博は、邪魔をするようなら建物を破壊してLHVを外に撒き散らす、と脅しをかけて、LHVとLHVによって生まれた「左腕」の研究を強行していた。しかも研究所のほうは、影山が求める研究材料として、何も知らない外部の一般市民を三号棟の影山に提供してしまう。厚生省からバイオハザード調査班の学術調査員に任命された津山正太郎は、一般市民が内部にいることを確認し、さらにLHVがどこからもたらされたものであるかを調べるため、問題の三号棟へと侵入することになるのだが……。

 冒頭だけを見てみると、梅原克文の『二重螺旋の悪魔』の出だしとよく似ているように思えるが、津山は深尾直樹のように、恐るべき怪物と死闘を演じたりするわけではない。一研究者である彼にとって、ウィルスによって生まれた「左腕」はまさに神秘の生命であり、その謎を解きあかし、学会でその名を知らしめるための材料でしかない。影山が暴走しようが、一般市民が三号棟に放り込まれようが、LHVの出所がどこだろうか、知ったことではない――津山は物語のなかで、この言葉を何度も繰り返すことになる――のだ。そして本書の面白いところは、津山のような考え方をする人達が、三号棟の外に溢れている、という点にある。
 今回のバイオハザードは、影山智博の個人的な暴走が原因であり、こちらには関係のないことだとしらを切るテルンジャパン、バイオハザードの発動で駆り出されたものの、一刻もはやくLHVから手を引きたいと考えている厚生省、バイオハザードはこちらの管轄外だと手をこまねいているだけの公安当局――もし万が一、LHVが外に漏れ出すようなことが起これば、最悪の場合、世界中で人間の左腕が抜け落ちるのだという緊迫感がまるで感じられないのだ。自分の利益のことしか頭にない彼らの様子は、もし日本で現実にバイオハザードが起こったときには、おそらくこうなるだろうという姿をあまりにもリアルに描き出していて、それがかえって、三号棟の暗闇の中で蠢く「左腕」の存在感を引きたてていると言える。

 影山がテロリストまがいのことをしてまで研究を続ける真意は何なのか。事実上三号棟に閉じ込められたふたりの民間人はどうなるのか。そしてLHVはどこから来て、「左腕」はどこへ行こうとしているのか――ある意味で典型的なミステリー仕立てで展開する本書であるが、「左腕」が「脱皮」する様子などは、まぎれもなくホラーである。だが、ほんとうに恐ろしいのは、LHVや「左腕」などではなく、お互いの利害関係にとらわれるあまり、想像力の欠如してしまった人間達ではなかろうか。

 本書のなかには、晴れわたった夏の空の様子がしばしば表現されている――まるで、まわりが明るければ明るいほど三号棟の闇がより克明になってくるかのように。自らもLHVに感染し、いつ左腕が抜けてもおかしくない影山は、闇に閉ざされた三号棟のロビーにある、ハンバーガーの自動販売機でハンバーガーを買うのが日課になっている――まるで、心の中の闇と折り合いをつけようとするかのように。光と闇、陽気と陰気、緊迫と倦怠を絶妙にブレンドし、物語全体を得体の知れない薄気味悪さで覆うことに成功した本書がもたらすものを、ぜひ読者にも感じとってもらいたい。(1999.06.18)

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