【新潮社】
『あなたが最後に父親と会ったのは?』

ブレイク・モリソン著/中野恵津子訳 



 私は自分が審問官になったような気持ちになる。「最後にお父さんに会ったのは、いつですか?」と人々に警告したくなる。子供として、親を失う悲しみを、あなどってはならないと。

 上述の文章で私をどきっとさせるのは、「親を失う悲しみ」という部分よりも、むしろ「いつですか?」という問いかけの部分である。
「いつ」という言葉には、時間の経過を否応なく認識させる力がある。朝起きて、会社で仕事をこなし、飯を食って寝る――私たちはともすると、この1日の繰り返しが永遠に続くものだと錯覚してしまいがちであるが、時間というものは常に流れ去っていくものであり、その流れを食い止めることなど、誰にもできはしない。子供は必ず大人へと成長し、大人は時とともに確実に老いていくものなのだ。

 私の父はいまだ健在だ。だが、あと数年もすれば今勤めている会社を定年退職することになるだろう、という想像が容易にできるほどには年齢を重ねている。とくに大きな病気や怪我にみまわれることもなく、これまでの人生をまっとうしてきた父であるが、これまでがそうであったからといって、これからもそうなると断定できるわけではない。本書『あなたが最後に父親と会ったのは?』は、イギリスの詩人であり、また編集記者でもある著者が、突如末期癌だと診断され、75歳でこの世を去った自身の父について語った回想録であるが、本書がたんなる個人的な回想録に終わらないものを持ちえているとすれば、それは「親子」という、おそらく誰もがそれぞれに持っているありきたりな、しかしそれゆえに誰もが共有できるもっとも根深い関係について、そしていつかは訪れるであろう「親の死」について考えさせられる、という点であろう。そう、しばしば私たちが、日常という繰り返しがけっして永遠のものではないことを思い知らされるように、本書もまた、親というものがいつまでも健在なわけではない、ということを、理屈なしで思い知らせる作品である。

 人がこの世に生を受けて、まず接することになる環境が「両親」を中心とする家庭環境である以上、子どもというのは良きにしろ悪しきにしろ両親の影響を受けずにはいられない。著者の父親アーサー・モリソンは、ヨークシャーの田舎で開業医として働いていたが、そんな彼の息子である著者が、医者ではなく文学関係の仕事に就いた、というのは象徴的だ。なぜなら著者の父は、文学や芸術にはまったく関心を寄せず、ろくに本など読みもしない人物であり、著者の人格形成が父を一種の「反面教師」としていたことがうかがえるからだ。

 本書の冒頭では、まだ若い父が、母と子どもたちを連れてカーレースを観に行ったときのエピソードからはじまる。レース場までえんえんと続く車の列に嫌気が差した短気な父は、いきなり反対車線を突っ走り、入場ゲートにいた係員をムチャクチャな論理で説き伏せ、まんまと特等席をせしめてしまうのだ。あきらかに違反であり、イカサマでもあるのだが、プライドが高く、何をするにしても強引で独断的な父の姿が、そこには描かれている。

 そんな父が次の章ではすっかり衰弱し、病院のベッドに横たわっている。昔のようにダンディーを気取ることもせず、「卑猥な冗談をとばすチャンスをみすみす逸して」しまう父――常に外向的で、五十過ぎになって水上スキーをはじめるほどマッチョな父をあっけないほど簡単に死へと向かわせる癌の恐ろしさはもちろんのこと、それ以上に、おそらく著者にとってショックだったのは、あまりに「父親」らしくなくなってしまった父の姿ではなかったろうか。

 そう、著者にとっての「父親」とは、プライドが高いくせにちょっとしたズルやインチキで得をするのが大好きで、信仰心よりも家族の絆を大切にし、いつまでも子どもの生活に干渉したがるくせに、自身は妻以外の女と浮気していたりする、どこかいいかげんで自己中心的な、しかしどこか憎めない父親であり、だからこそ「反面教師」として、今の自分を形成する原動力となっていたことに、著者ははじめて気づくことになる。でなければ、次のような言葉は出てこないだろう。

 なぜ、自分の趣味のほうが父の趣味より重要で、永続的だなどと思ったのだろう? 私には父が自分で建てた記念碑に匹敵するものがあるだろうか。――(中略)――芸術がなんの慰めになるだろう? 本を読んだり、ものを書いたりすることから、どんな慰めが得られるだろう?

 父が「父親」でなくなったとき、はじめて自身の内に占める「父親」の大きさを知った著者は、芸術とはまったく無縁なはずの、この回想録を書いた。その文体がたぶんに小説的なのはなんとも皮肉なことであるが、そこに書かれているのは、自身の父親が日ごとにに衰弱し、そして死を迎え、灰になるまでの過程を描ききった、医者のごとく冷徹な視点である。それは、まだ元気だった頃の父の姿、著者自身の父の記憶と交錯することによって、よりいっそう強調される形となっているのだが、衰弱していく父親に向けられた、どんな小さな事実も見逃すまいとする視点は、ともすると目を背け、「過去を美化する流れのなかに放りこんでしまいたいという誘惑」との戦いだったとも言える。

 父の死後、父の体にとりつけられたペースメーカーを切り離す作業に立ち会うと主張しなかったことを、著者は後悔している。父を反面教師として、父の生き方に反発するようにして文学の道を目指した著者は、父の体を切り開く作業を直視することで「父のように医者になることもできたということを、証明したかった」と本書で述べている。だが、その代わりに書かれたこの回想録は、そしてそこにおける著者の徹底した視点は、そうしたわだかまりに対する、いかにも文学を志した著者らしいひとつの決着のつけかたである。

 本を読むこと、ものを書くことに、なんの慰めが得られるか、と著者は本書で書いた。父親の死、しかも、いかにも「父親」らしくない末期癌に犯されての死、という、あまりにも重い現実の前には、どんな想像力の産物も無力のように思える。だが、私は著者が本書を書き上げることで、何らかの慰めを得ることができたのではないか、と愚考しているのだ。そしてそれは、本書を読む者にとっても、同じくあてはまることだろう。本書を読むことは、けっして無駄ではないのだ、と。(2002.11.27)

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