【早川書房】
『鷲は舞い降りた[完全版]』

ジャック・ヒギンズ著/菊池光訳 



 私はいわゆる「戦争を知らない」世代の人間だ。今も世界のどこかで起こっているはずの戦争を、本やテレビといったメディアを通じて垣間見るだけの立場で、ましてや直接体験などしたこともない一市民であるが、それでも、戦争という異常な状態がいかにして人間から人の心を奪い、いかに容易に残虐非道な行為へと走らせてしまうか、ということを理解することはできる。そして、生と死のはざまでの極限状態にあってなお、強い意志の力で人間性を保ち、名誉と誇りを尊ぶことができる人間もまた存在するのだ、ということも。
 真に誇り高き軍人であることは、敵味方という関係をも越えた、誇り高き人間なのだ、ということを、本書『鷲は舞い降りた[完全版]』から教えられたような気がする。

 すべてのはじまりは、激高していたヒトラーが発した一言だった。

「チャーチルをつれてこい!」

 時は一九四三年、同盟国であるイタリアがすでに降伏し、自軍の戦果もおもわしくなく、第二次世界大戦におけるドイツの立場は非常に厳しいものになっていた。しかしそんな折、イギリスに潜入していた女スパイから、イギリスの首相チャーチルが、ある寒村で週末を過ごすという極秘情報を入手する。ヒトラーがもらした、およそ実現不可能な命令は、にわかに現実味を帯びはじめ、すでに最高機密扱いとなったチャーチル誘拐計画が着々と進められていく。そして、ついに実行部隊であるドイツ落下傘部隊の精鋭が、イギリスへの侵入を開始する。はたしてチャーチルの、そして落下傘部隊の運命はいかに?

 本書は純然たるエンターテインメント小説である。だが、だからといって本書が軽んじられるいわれはまったくない。歴史的事実から考えても、この荒唐無稽な計画がどういう結末をたどることになるかは明らかであるにもかかわらず、緻密に考え抜くことでその計画にリアリティーを持たせ、笑いあり涙あり愛、そして感動というエンターテインメントの要素をたっぷり盛り込んだ本書に、きっと読者は目が離せなくなるに違いない。

 なんといっても、出てくる登場人物みんながみんな魅力的だ。たとえば今回の計画の実行部隊であるドイツ落下傘部隊の隊長クルト・シュタイナ、彼がそれまで「ナチス・ドイツの兵隊」という言葉についてまわった、残虐非道、冷酷無比のイメージを払拭する存在であることは、彼がかつて、ワルシャワのユダヤ人居住区におけるSSの強制連行のさい、処罰を覚悟でひとりのユダヤ人少女を逃がした、というエピソードを紹介すれば充分だろう。他にも、そんな彼の男気に惚れ、彼のために命を投げ出すことも厭わない個性的な部下達や、イギリス人に並々ならぬ憎悪を燃やす女スパイのジョウアナ・グレイ、彼女の仕事を手助けするためにイギリスに潜入した、陽気でへらず口の多いアイルランド人のリーアム・デウリンに、そんな彼に恋をしてしまった村の娘モリイ・プライア、さらに、なにより飛行機が好きなパイロットのペイター・ゲーリケや、今回の作戦の立案者であり、反逆罪で逮捕されたシュタイナの父親を救おうと上層部を説得しようとするマックス・ラードルなど、ひとくせもふたくせもある登場人物たちが、チャーチル誘拐計画を軸としてそれぞれにふさわしい役割を演じているさまは、まさに壮観というほかにない。
 そしてそれらの登場人物たちの行く末と、さらに物語の最後――ほんとうに最後の最後に著者がしかけた大どんでん返しは、おそらく現在でもなお、一級のエンターテインメントとして通用するものだと断言する。

 軍人であること――たとえ、本人がそのことを望まなかったとしても、軍人であるからには、自分の国のために戦い、敵は倒さなければならない。シュタイナのような人間にとって、軍人である、ということは何を意味するのだろう、と本書を読みながらふと考える。少なくとも、彼は愛国心や独裁者への敬愛とかいった単純なもののために戦っているのではないように思える。
「お前に名誉はあるか」と聞かれたシュタイナは、こんなふうに答えている。

「ないかもしれん。あるいは、わたしが考えていることを表現するのには、高尚すぎる言葉かもしれん。約束したら必ず守る、とか、いかなることがあろうと友人を助ける、といった単純なことだ。それらを合わせたものを、名誉といえないだろうか?」

 何より勝つことが求められる軍隊のなかにあって、それでも自分の信念をつらぬこうとしたシュタイナの姿を、あるいは世渡りの下手な、不器用な男だと思う人もいるかもしれない。だが、本書を離れて現実を振りかえったとき、彼が言う「単純なこと」ができていない人があまりにも多い、という厳然たる事実をまのあたりにすることになるだろう。

 シュタイナのような人間がもう少し多ければ、あるいはこの世の歴史は大きく変わっていたかもしれない、と本書を読み終えた私は、けっしてありえない「もし」の世界に想像をめぐらせる。(1999.06.25)

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