【角川書店】
『笑う警官』

マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー著/高見浩訳 



 今、世の中でもっとも嫌われている職業として、政治家と肩を並べることができるのは、あるいは警察だけかもしれない。一時期、マスコミによって警察の一連の不祥事が次々と明るみに出て以来、それまで一般市民のイメージとしてかろうじて残っていた「おまわりさん」――市民の生活を守り、社会秩序を維持するために訓練を受けた正義の味方、というイメージは今や地に落ちてしまった感があるが、それでなくとも、警察という言葉には、どことなく不吉な、できれば関わりあいになりたくはないという印象があるものだ。それは、あるときは人に不幸な報せを届け、あるときは犯人を捕まえるためにあらゆる人間に疑いの目を向け、あるときは公然と他人のプライバシーに踏み込み、そしてあるときは当局の犬として、彼らが守るべき市民たちによるデモ隊を鎮圧したり暴動を食い止めたりしなければならない、という仕事内容によるところが大きいのかもしれない。だが、私たちのささやかながら平穏で幸福な日常が何者かの手によって破られたとき、頼りにしなければならないのはやはり警察である、というのも事実である。

 よく、警察を含めた公務員のことを、社会に奉仕する人という意味から「公僕」と呼ぶが、警官もまた公僕である以前に人間であるからには、一日二十四時間公僕でいられるわけもなく、ときにはうんざりしたり腹が立ったり感情的になったりすることもあるはずだ。本書『笑う警官』は、ともすると「警察」という枠でひとくくりにされてしまいがちな職業に従事する人たちに焦点をあて、一個の生きた人間として、彼らの姿を描くことに成功した作品だと言うことができるだろう。

 舞台はスウェーデンのストックホルム、アメリカで言うならさしずめニューヨークに相当する街外れの荷役場に、市を循環する二階建てバスが突っ込んだ。深夜のパトロールでその場に居合わせた警官の報を受けて現場にやってきた、ストックホルム警察殺人課主任警視のマルティン・ベックがそこで見たのは、運転手を含む乗客たちの無残な銃殺死体であった。そして、血の海に沈んだ死体の山のなかには、ベックの部下だった若手刑事オーケ・ステンストルムの姿があった……。

 これまでに類を見ない凄惨な大量殺戮事件の現場から物語がはじまる本書であるが、そのシリアスな内容とはうらはらに、そこに描かれる多くの刑事、警官たちの様子が、ときに笑いを誘われそうなほど人間臭く、親しみを持ちやすいというのが本書の大きな特長だろう。たとえば最初にバスを発見した二人のパトロール警官は、なるべく人のいなさそうな所を選んで巡回したり、酔っぱらいを隣の管区に置いてきたりと、警察としてはなかなかにお茶目な一面を見せ、肝心の事件現場では不用意にもバスの中に踏み込んで、手がかりとなる犯人の足跡を消してしまうというポカをやらかしたりするし、それ以前にストックホルム警察は政府に対する市民の抗議デモの鎮圧で忙しい一方、ベックたちの殺人課は暇をもてあまし、部下であり良き相棒でもあるレンナルト・コルベリとチェスに興じたり、抗議デモを「芸がなさすぎる」とのんきに評したりしているのだ。

 そう、殺人課はもうすぐ十二月を迎えようとするこの時期、事件らしい事件もなく暇だった。にもかかわらず、ステンストルム刑事は終電に近いバスの中で何をしていたのか、あるいはどこへ行こうとしていたのか? 殺された乗客のほとんどがバスに乗るべき理由がはっきりしているなか、ステンストルムと身元不明の男だけがはっきりしないという点に目をつけたベックたちは、無差別殺人の線とは別に、彼の生前の行動を洗いはじめる。そこには、過去に迷宮入りとなった、ある殺人事件との意外なつながりがあったのだ……。

 冒頭にも書いたとおり、世間での警察のイメージはけっして明るいものではない。それはミステリーの世界においても同じで、たとえば鋭い観察眼をもつ私立探偵が、警察さえ見落としていた証拠を発見したり、通り一遍の捜査しかできない警察に代わって非の打ちどころのない推理を展開したりするなか、警察に与えられた役割といえば、権力を盾にえばり散らしたり、探偵の推理にいちいちいちゃもんをつけたりするものと相場は決まっている。

 本書にもそういった、自分の立場しか考えようとしないタイプの警官は登場する。そしてよりによって警察内部で足のひっぱりあいをしたりする。だが、だからこそベック以下、殺人課の面々の個性が際立っているとも言える。文学に通じていて、巧みな弁舌を得意とするコルベリや、巨大な体躯と鋭い眼光でどんな相手も震えあがらせてしまうグンヴァルド・ラーソン、また驚異の記憶力を持つフレドリック・メランデルなど、ひとクセある刑事たちが登場するのだが、そんな彼らの捜査は基本的に、ひたすら足を使ったり資料と格闘したりするという地味なもので、けっして名探偵のように鮮やかな推理をひらめいたりするわけではない。
 大量殺戮事件に関する有力な手がかりがつかめないまま、ただ時間ばかりが無駄に過ぎていき、警察に対する世間の風当たりもいっそう強くなるばかり。家に帰れば一家庭人として市民と同じように夜を過ごし、クリスマスには家族全員でお祝いをするベックたちの地味な捜査は、しかし針で突いたような小さな穴から大岩を崩すがごとくの不屈の精神で、少しずつだが確実に進展していく。それが、生前のステンストルムが独自に追っていた十六年前の殺人事件の捜査の過程と重なったとき、二階建てバスで起きた大量殺戮の真相が明らかになってくる。まさに二重三重に仕掛けられた奥行きのある謎は、ミステリーとしても一級品だと言えるだろう。

 普段は関わりあいにはなりたくないが、いざというときにはいないと困るという警察――それはある意味、存在自体が皮肉なのかもしれない。そんな警察をそれでも続けているベックたちの姿はけっしてカッコイイものではなく、むしろ哀愁漂うといった感じがする。だが、それでも読者はベックたちの存在を、きっと憎めない奴らだと思うことだろう。そんなちょっとおかしくて、ちょっと哀しい警察の姿を描いた本書の雰囲気を、ぜひとも味わってもらいたい。(2000.11.01)

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