【ポプラ社】
『花言葉をさがして』

ヴァネッサ・ディフェンバー著/金原瑞人・西田佳子訳 



 草花になにかしらのメッセージをあてはめる「花言葉」というのは、いかにも人間らしい――美しいものを愛でる心をもつ人間らしい発想だ。人間の感情というのは、そもそも非常に抽象的で、言葉で表現するという行為からかけ離れたものであり、またそれゆえに、その感情を相手に伝えるのは難しいばかりか、ともすると大きな誤解を生みだす要因にもなってしまう。言葉にならない感情や想いを花に込めて相手に贈る「花言葉」――だが、たとえば日本語しか知らない人にとって、英語やフランス語といった外国語が、ただの模様や音の連なり以上の意味をもちえないのと同様に、「花言葉」を知らない人にとって、贈られた花はただの花でしかなく、そこには何のコミュニケーションも成立しない。

 今回紹介する本書『花言葉をさがして』は、そのタイトルにもあるように「花言葉」が物語上、大きな意味合いをもつ作品であるが、本書を読んでまず見えてくるのは、一人称の語り手であるヴィクトリアにとって、「花言葉」はロマンティックさとはほど遠いものとなってしまっていることである。

「きみの頭は花言葉でいっぱいだけど、花言葉ってのはもともとロマンティックなものだ。恋人たちが愛を表現するために作り出した言葉なんだから。なのにきみは、憎しみをあらわすために花言葉を使う」

 生まれてすぐに母親に捨てられ、それ以降養護施設で育ったヴィクトリアは、十八歳の誕生日に施設を卒業し、独立しなければならない身になっていた。卒業後、一時的な住まいである「独立の家」で仕事と住む場所を探すことになっていたが、なにより孤独と草花の飼育を愛する彼女にまともな仕事先を探す気はなく、「独立の家」を出た後はホームレスも同然の生活を余儀なくされる。彼女がただひとつ信用し、心の支えとしているのは、九歳の時に養子縁組の候補として一年近くをともに過ごした、エリザベスから教わった花言葉のみ――だが、思いがけず雇ってもらえた花屋で、ヴィクトリアは自身のフラワーアレンジメントの才能を見出すことになる。客の願いや強い想いをフラワーアレンジメントのなかに込めることのできる彼女の腕前は、まるでカルト宗教のように、結婚前のカップルや、すでに夫婦になっている男女のあいだで評判になっていく……。

 十八歳の現在と、九歳の過去を行き来しながら進んでいく本書について、こんなふうに概要を書いてしまうと、まるでヴィクトリアが花言葉で人々を幸せにしていくハートフルなストーリーを想像してしまうかもしれないが、その要素は本書のごく一部分でしかなく、むしろ中心となっているのは、ヴィクトリア自身がどれだけ欲しいと思っても手の届かないものだと思い込んでいた愛を取り戻す過程を描くことにこそある。そういう意味で、本書は終始一貫してヴィクトリアの物語であり、また彼女と「花言葉」との関係が、そのままヴィクトリアの感情を映し出す鏡にもなっている。

 上述の引用にもあるとおり、ヴィクトリアは当初、自身の唯一と言っていい拠り所である「花言葉」を、その本来の目的のために使ってはいない。「恋人たちが愛を表現するため」にあるはずの「花言葉」――しかしながら、彼女はそれとは正反対の感情を言い表わすために草花を用いる。それは言い換えるなら、ヴィクトリアのそれまでの人生において、無条件に人から愛されるような体験をしたことがなく、それゆえに他人への愛情はおろか、自分自身を愛するということすらわかっていないことを象徴するものであるのだが、そうした感情さえ、「花言葉」を知らない相手に無視されることがあたり前となってしまっているところがある。

 一方的な負の感情の押し付けというディスコミュニケーション――ヴィクトリアをとことん孤独に貶める、けっして健全とはいえない彼女の置かれた状況が、はたしてどのような変化を遂げることになるのかが、本書の読みどころのひとつであることは間違いないのだが、もうひとつ本書の物語の中心となっているのは、なぜ彼女が花言葉をそんなふうに用い、なぜそれほどまでに自身を孤独のなかに置くようなことをしているのか、という点である。より詳しく語るなら、八年前にエリザベスとのあいだに何が起こったのか、という一点だ。協調性がなく、無愛想で、とにかく反抗的で誰かと対立したり、逆らってばかりいるヴィクトリアと辛抱強く向き合い、彼女に花言葉を教え、そして彼女を養子として迎え入れようとしていたエリザベス――だが、十八歳の現在の彼女の物語を見るかぎり、ヴィクトリアはエリザベスとともに暮らしてはいない。

 みんな、なにがなんでも夫婦関係を改善したいと思っている。その必死さがわたしにはよく理解できなかった。あきらめてしまえばいいのに、なぜそうしないんだろう。

 ヴィクトリアの「花言葉」を理解するグラント――エリザベスの姉の息子であるグラントとの再会と、そこから芽生えるお互いへの愛情、しかし、まるでその愛情と幸福を否定するかのように、彼女はともするとあらゆるものを振り切って逃げていこうとする。どれだけヴィクトリアのフラワーアレンジメントが多くの男女の関係を改善していったとしても、彼女自身の孤独を強固に守り続ける壁は、なかなか崩れていかない。そのもどかしさや、痛々しいくらいに繊細な感情の揺れ動きは、過去に何があったのかという謎もふくめ、じつはきわめて少女コミックに似たものを感じさせる。そしてそれゆえに、ヴィクトリアが過去をどのように清算し、グラントとの関係をどのように受け止め、そしてそうした流れのなかで、彼女の拠り所となっている「花言葉」がどのように作用していくのか、目が離せなくなる。

 生まれたときから愛されず、それゆえに人を愛するということを知らずに育った少女が、ただひとつ、信用しつづけてきた「花言葉」――その思いがむくわれる日が来ることを願ってやまない。(2012.06.14)

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