【新潮社】
『薬指の標本』

小川洋子著 



 もし、どんなものでも標本にしてくれるという所があったら、あなたは何を標本にしてもらいますか?

 人生はけっして楽しいことばかりではない。つらいことや苦しいこと、悲しいことだってたくさんある。ときには、そうした苦しみや悲しみがあまりにも大きすぎて、一歩も前に進めなくなってしまうことだってあるかもしれない。過去を美しい思い出にできるのであれば、それでいい。だが、過去にあまりにも強く縛られすぎるあまり、未来の人生の可能性まで閉ざしてしまうのであれば、それは罪なことだ。

 本書『薬指の標本』の舞台となるのは、古びた女子専用のアパートを改造してつくられた標本室だ。経営者であり標本技術士でもある弟子丸氏は、依頼人が持ちこんでくるいろいろなものを標本にし、保存する。何度も見て楽しむためではない。暗い過去、悲しい記憶、つらい思い出を封じ込め、完全に分離させるための標本づくり――そんな不思議な作業が行なわれている、まるで時間が止まってしまったかのような標本室の事務員として採用された「わたし」を語り手として、物語はあくまで無機質の光沢をおびながら、静かに静かに流れていく。

 虚構の世界を可能なかぎりリアルな世界に近づけるために、小説の書き手はときに生々しい感情の吐露を表現し、血なまぐささや汗臭さ、そして露骨な性描写を目の前に展開させる。しかし、著者の作品は、同じ性描写を表現していても、驚くほど無機質である。ただ、それはけっして、本書が魅力に欠ける作品であることを指摘するものではない。むしろ、可能なかぎり人間臭さをとり除き、ガラスのような硬質さを際立たせることで、著者にしか築くことのできない独特の世界を生み出すことに成功した、貴重な作品であるとさえ言えよう。本書で展開する世界では、人間も標本もたいした違いはない。人間そのものの優劣や好き嫌いといった感情をすべて無意味にしてしまう本書に魅かれる読者は、おそらくそこに人としての価値観を越えた平等さを見出しているのではないだろうか。

 人はときに、生きるというただそれだけの行為に対して、無性にむなしさを感じることがある。自分はなぜ生きつづけているのか、何のために生きるのか――けっして答えることのできない問いを発しつづけて、疲弊して、ついには何も考える必要のない、無機質な存在になりたい、とさえ思うかもしれない。前に働いていた工場での事故で左手の薬指を無くしてしまった「わたし」が最後に決心した選択――それは、はたして人生からの逃避だったのだろうか。私はそうは思わない。
 本書に収められているもうひとつの作品『六角形の小部屋』では、語り小部屋という不思議な装置が登場するが、自分以外の聞き手が存在しないその小部屋の中で、主人公の女性はこんなことを独白する。

 本人の意志や努力によって運命を切り開けると信じている人もいるかもしれません。けれど、意志や努力が既に運命なのだと、わたしは感じます。決して人生を否定しているのではありません。――(中略)――いくら運命が動かしがたいものだとしても、すべてをあきらめてしまうなんて愚かです。誰にとっても運命の執着は死ですが、だからと言って最初から生きる気力を失う人は、たぶんあまりいないはずです。

 逃げることも立派な行動のひとつであると、誰かが言っていたのをふと思い出す。そういう意味で、「わたし」は自分が一番大事にしていたものを標本として封じ込めることに成功したのだと言える。静かで、無機質で、ときに人間の一部分をマネキンのように断片化してしまうほど人間臭さを排除した物語を書く著者――しかし、だからこそ読者は、自分のなかに確かに息づく生命力を感じとることができるはずなのである。(1999.09.08)

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