【早川書房】
『機械探偵クリク・ロボット』

カミ著/高野優訳 



 ロボットというと、日本では独自のサブカルチャー的ロマンをもって語られることも多い代物ではあるが、そもそもロボットが何のために生み出されたのかを考えると、じつのところコンピュータが生み出された理由とさほど大きな違いはなかったりする。今でこそ「パソコン」や「スマートフォン」といった名前で、あたり前のように人々のあいだで普及しているコンピュータは、人間の代わりに膨大な処理を高速で実現するために開発されたもの、つまりは人間の仕事を肩代わりするためのものだ。そしてロボットもまた、人間にとっては危険な場所で、人間に代わって仕事をするためのもの、というのがそもそもの発想である。

 さて、橘川幸夫の『暇つぶしの時代』によれば、私たちの社会は工業社会の成熟期にあり、そろそろ次の社会へシフトしていくための新しい価値観が示されるはずだと説いている。そしてそれは、少なくとも大量生産、大量消費を是とする工業社会の正義ではありえない。面白いことに、コンピュータやロボットといった要素は、まさに工業社会の申し子のような存在だと言える。なぜなら、私たち人間の代わりに労働を行なう目的で生み出されたコンピュータやロボットは、私たちの日常をより便利に、より豊かにしていくという工業社会の目的に適ったものであるからだ。だが、もし本当に私たちの社会が工業社会の成熟期にあるとするなら、その申し子であるロボットにもあらたな価値が示されなければならないはずである。

 かつて狩猟や牧羊といった、きわめて実用的な目的のために品種改良されてきた犬たちが、今ではその本来の役割とは異なった「愛玩用」としての価値を見いだされているように、ロボットという存在に独自の価値観を見いだそうとする動きは、とくに日本人であれば馴染みのあるものであるが、今回紹介する本書『機械探偵クリク・ロボット』を読むと、どうもその傾向は日本だけのものではないようである。そして、そこに与えられる新たな価値観として取り上げられているキーワードは、「ユーモア」である。

 ロボット探偵として有名な<クリク・ロボット>のことは誰もが知っている。――(中略)――事件が起こると、クリク・ロボットは計算機としての優れた機能を発揮して、正確無比な方程式をたて、代数学的に謎を解く。その冷徹な推理力の前には解決できない謎はなかった。

 彼さえいれば「この世に<ミステリ>というものは存在しない」とまで言わしめたクリク・ロボット――古代ギリシャの発明家アルキメデスの直系の子孫、ジュール・アルキメデス博士によって開発された、機械仕掛けのロボット探偵の活躍二編を収めた本書であるが、本書を少しでも読んでみれば、その内容がどこか冗談めいたものであることが見て取れる。そもそも、脳天にペーパーナイフが刺さって死んだはずの被害者が、かけつけた刑事に自分を死体解剖しろと要求したり、壁をよじのぼるためにはしごの絵を描き、しかし当然のことながらうまくいくはずがなく、けっきょく電信柱をよじのぼって壁を超えたりと、奇天烈なことが連続する本書である。そして何より奇天烈なのが、ロボット探偵クリク・ロボットの存在だ。

 ロボットというだけあって、彼は二足歩行の人型をしているが、その顔はあきらかに「ロボット」とわかるような角ばった形状であり、また全身についても同様である。そしてそんな四角い体に無理やり上着やズボンを着せているので、どう見てもロボットが人間のふりをしているようにしか見えない。言い換えるなら、彼の容姿はこれ以上ないくらいに、昔の人たちがこうだろうと想像した「ロボット」の形をしている、ということでもある。

 そしてこれは、クリク・ロボットの「探偵」としての属性についても同じく言えることである。彼の背中にはさまざまなボタンやレバー、ハンドルがついていて、それぞれ<手がかりキャプチャー>、<推理バルブ>、<仮説コック>、<短絡推理発見センサー>、<思考推理プロペラ>といった、いかにもな名称が与えられている。ジュール・アルキメデス博士は、これらの機能を組み合わせることで事件の真相を推理する、という流れになるのだが、これらのご大層な装置がじっさいに謎解きで使われることは、じつはあまりなく、むしろクリク・ロボットの副次的装置であるカメラや照明、ボイスレコーダー、あるいは拳銃の弾をも跳ね返す頑丈なボディや、オートバイ並みの脚力のほうが、事件解決の役に立っているという有様だったりする。

 じっさい、クリク・ロボットは彼単独で事件解決に乗り出すのではなく、彼の生みの親であるアルキメデス博士と常に対となって登場する。そしてクリク・ロボットのことを誰よりもよくわかっているアルキメデス博士は、彼が正しい解答を得るために必要な手がかりを手に入れ、その機能をいかんなく発揮できるようにする。博士とロボット、このふたりがいるからこその「ロボット探偵」であるのだが、不思議なことに、クリク・ロボットはそうやって導き出した事件の真相を、なぜか暗号にして相手に伝えるというまだるっこしい方法を使ったりするのだ。

 クリク・ロボットが「ロボット探偵」と言われるからには、彼の目的は「事件の謎を解き明かす」ことである。だが、にもかかわらず彼は導き出した真相を直線的に吐き出したりはしない。どこか人を煙にまくようなそんなクリク・ロボットの機能は、間違いなくアルキメデス博士の性格の賜物でもあるのだが、探偵というのは本来、何もかも知っていながらどこかでそれを出し惜しみするような、妙にもったいぶったところがあるものだ。上述したように、クリク・ロボットには謎を解き明かすためのさまざまな機能がついているが、そのなかでもとくに彼を「ロボット探偵」たらしめているのは、じつは真相をあえて暗号で伝えるような、いっけん無駄でしかないような「お茶目機能」だと言うことができる。

「クリク・ロボットは今、刑事さんの推理について答えを出したのじゃよ」博士が説明した。「顔を隠して、指の間からまた顔が出たら、目だった。つまり、刑事さんの推理は”出たら目”ということじゃ」

 本書にはグリモー刑事という人物が登場するが、彼はとかく自分の職務については真面目であり、何より無駄なことを嫌う性格の刑事としての役割が与えられている。アルキメデス博士とは対極にいるような彼は、常に間違った真相を振りかざして最後には「ロボット探偵」の名推理の引き立て役になる運命にあるのだが、たとえば事件の関係者への聞き込みにしても、事件に関係のない四方山話を聞かされると癇癪を起こすようなその短気な性格は、見方を変えれば、とかく効率を優先しがちな社会への皮肉だととらえることも可能だ。事件を一刻も早く解決したい。だが、そのために真相を見誤ってしまっては本末転倒であり、それはクリク・ロボットとそれを操るアルキメデス博士についても同様である。

 いくらクリク・ロボットの機能が優秀であったとしても、その使い方を間違えば、出てくる答えも間違ったものとなる。それゆえに、アルキメデス博士はどんなささいな手がかりも選り好みせず、彼に必要なデータとしてインプットするという姿勢を忘れていないし、そのためにこそ必要な機能を、この「ロボット探偵」はすべて備えているという設定である。そして本書全体を貫いているユーモアのセンスは、いっけんすると何の役にも立ちそうにないと思われていながら、じつは著者がもっとも大切なものとして伝えたかったことではないか、と考えずにはいられない。でなければ、きわめて実用的な存在であるはずの「ロボット探偵」の、きわめて冗長的な機能の説明がつかない。

 いかにもロボットめいた四角い顔に、いかにもしゃれたチロリアン・ハットが欠かせない万能のクリク・ロボットと、そんなロボットをまるで人間であるかのように扱うアルキメデス博士――本書のなかでもっとも人間らしいのが、このふたりであるところが、もしかしたら本書の一番のユーモアのありどころであるのかもしれない。(2015.01.01)

ホームへ