【白水社】
『郊外へ』

堀江敏幸著 



「丘の上高く」と校歌でもうたわれている、私がかつて通っていた中学校は、しかし私が入学したときには丘の上ではなく、周囲に水田の広がる平地に建てられた新校舎に移転してしまっていた。そして私は中学生になって、はじめて自転車で通学することになったのだが、ちょっと歩けば公共浴場に着いてしまうような、温泉を中心に発展してきた観光地で生まれ育った私にとって、通学途中に通り抜けるぽっかりと拓けた水田地帯は、自分が今、町から離れた場所に向かおうとしているのだと妙に意識させたことを覚えている。思えばこの経験が、私にとって最初に感じた、町の内と外との境界線だったのかもしれない。

 それから十数年が経った今、私はいわゆる「郊外」と呼ばれる場所に住んでいる。辞書をひけば「都市周辺の田園地帯」などと解説されている、都会でもなければ地方でもない、曖昧なグレーゾーンとも言うべき場所は、しかしどちらに目を向けても田園など見ることができない。同じ会社に勤める上司の話を聞いて、かろうじてかつては田園地帯だったことがわかる「郊外」は、今ではその物理的な意味合いをほとんど失い、もっぱら家庭崩壊や少年犯罪といった、現代社会がかかえる歪みを象徴する抽象としての意味合いを帯びてきているのではないかと、インターネットで「郊外」をキーワードに、漠然とネットサーフィンしながら、ふとそんなことを考えたりする。まるで、実体をもたないバーチャルな存在ででもあるかのように。

 堀江敏幸という作家のことを知ったのは、例によって芥川賞というイベントを通じてのことだった。その頃すでに自分のホームページをもち、インターネット上に書評まがいのもの載せては自己満足にふけっていた私の読書傾向が、純文学の方面から離れつつあることを明確に意識したのは、著書の受賞からさらに数ヶ月が経過した頃のことであり、その後の受賞作である長島有の『猛スピードで母は』や、吉田修一の『パーク・ライフ』といった小説の書評がなされていることを考えれば、著者の受賞作『熊の敷石』を手に取らなかったのは、まさに時期が悪かったとしか言いようがないのだが、その後、ネット上で知り合った友人の好意で本書『郊外へ』を借り受けることができたのは、大学でフランス文学を教える教授という肩書きをもつ著者のことを知るという意味でも、絶好の機会だった。

 本書の中で語られている「郊外」とは、厳密に言えば「パリの郊外」を指している。著者がパリに留学していたころ、ことあるごとに足を運んだパリ郊外のことをつづった本書でも触れているとおり、かつてパリという都市を取り囲んでいた城壁の外側をして「郊外」と呼びあらわしているその場所は、そういう意味において日本における「郊外」とは、ずいぶんと趣きを異にする部分があるのは事実だろう。その線引きが限りなく曖昧で、しばしばその存在すらあやふやなものとなっている日本の郊外とは違い、パリ郊外には、少なくとも城壁(あるいはその跡)という、目に見える形の境界線がある。だが、いかにも西欧の中世都市を思わせるそのパリの郊外は、著者の手によって取りあげられたとたん、どこか漠然とした、いかにもどこかに存在しそうでありながら、じつは著者の文章のなかにしか存在しえないような、そんな曖昧模糊としたイメージとして読者の前に提示される。

 たとえば、「レミントン・ポータブル」と名づけられた章では、こんな会話文からはじまる。

 四五〇フラン、それより安くはできないな、だって、まだじゅうぶん現役として使えるからね。

 会話文であることを示す鍵括弧(「」)のない会話――このあまりにも唐突な冒頭によって読者の意表をつく著者の文章は、毎年秋になると開かれるというタンブル広場の古物市で、米国製レミントンのポータブル・タイプライターを手に入れようと交渉する著者自身の姿を描き、さらにそのタイプライターの形状を説明したのち、ひょいとブレーズ・サンドラールという詩人のことへと思考を飛躍させていくのである。

 著者が本書を書いた目的が「パリの郊外」であることは間違いない。だが、著者はその愛すべき対象を、けっして真正面からとらえようとはしないし、またパリの郊外について、何かを論じようという姿勢をとることもない。あるときは坂道を歩きたくなるという自身の心情をつづり、あるときはパリ郊外に魅せられた写真家や詩人の作品を紹介し、あるときはそのパリ郊外の風景を描写し、あるときは過去に体験した苦い思い出や幸福な夢想に思いをはせる。小説のようでいて小説でなく、エッセイ風でありながらエッセイでなく、ルポルタージュのようであってルポルタージュでもなく、紀行文のようであって紀行文でもない著者独特の作風は、けっして中心へと向かうことなく、まるでその周囲を深く浅く取り巻いている「郊外」そのもののように、周辺をぐるぐるとまわっている、という印象を受ける。いったいどこへ向かっているのか、その着地点を想像できない、変幻自在な筆致――そのくせその文章はけっしていい加減なわけではなく、たとえば前夜のテレビで見た俳優のアラン・ドロンが、パリのメトロの切符を捨てられずにいたという子ども時代のことを語っていた、という、パリ郊外とはあまり関係なさそうな話を書いていきながら、最後に

 坂をのぼってポルト・ド・バニョレまで出ると、ちょうど郊外バスが現われた。数人の客と乗り込んで、上着のポケットを探ってみたところ、まだ何枚か残っているはずの回数券のうち未使用のものは一枚きりで、ぞろぞろ出てきた残りの紙切れはどれも使用済みだった。――(中略)――運転手がよそ見をしているすきに、いかにも二枚分の音がするように新旧の厚紙を重ねてすばやく自動改札に差し込み、そしらぬ顔で左奥の座席に腰を下ろす。どうか検札が来ませんように。そう祈りながらいんちき乗車券を鼻先へ持っていくと、もう郊外の匂いがしていた。

といった素晴らしい表現で、さらりと文章をしめたりするのだから、まったくもって油断ならない。

 パリという都市が光だとするなら、パリ郊外という場所は、いわば影ということになる。そこには観光目的の客の目にはけっして触れられることのない、その都市が抱えるさまざまな問題が隠されており、都市がそもそも人々が住む場所として確立されたこと考えれば、都市がかかえる光と闇は、そのまま私たち人間が抱え込んだ、心の光と影を象徴してもいる。おそらく、文学という名を冠した作品が、このパリ郊外を舞台として取り入れることは、それまで誰もが目をつむり、できるだけ触れないようにしていた、人間が抱える根源的な問題を、あらためて読者に現出させることを意味するのだ。だとすれば、この郊外という場を表現することが、文学の挑戦すべき対象として受け取られたとしても、不思議ではない。そういう意味ではまさに本書は、おおいなる文学への挑戦であったと考えても、けっして言い過ぎではないだろう。(2004.04.21)

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