【角川書店】
『ぼっけえ、きょうてえ』

岩井志麻子著 
第6回日本ホラー小説大賞受賞作 

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 この世に生きとって何がきょうてえかって、人間ほどきょうてえもんはないじゃろな。なんでて、そりゃああんた、人間は心ん中で何考えとるのかちいっともわからんけん。人の心いうんは、ほんまにころっと変わってしまう。人を好きになること、あんたにもあるじゃろう。自分がこんなに好いとるのに、相手は自分に見向きもせん。惚れるいうんはほんま、辛いもんなやぁ。そいで、あんまり辛いと情の深い心は鬼に変わってしまうんじゃ。好いとった心が憎しみに変わりよる。そいで、死にでもしようもんなら、化けて出てくるんじゃ。その手の話は、まあ昔からあるもんじゃけどな。相手が恋しゅうて化けるんか、それとも憎らしゅうて化けるんか……ふふ、きょうてえか? なんぞ、思い当たることであるんかな。そいでもな、人間ていうんはもともと、仏の顔と鬼の顔、ふたつの顔を持って生まれてくるもんじゃけん、しゃあないんじゃろうなぁ。そいでも人間いうんはひとりでおると寂しゅうてしょうがないもんじゃし、肌のぬくもりがほしゅうてまた誰かとくっついたりしますもん。人を好いとるときは、鬼の顔のほうを忘れてしまうんじゃな。因果なもんやなぁ、仏の顔しか見えんようになって、心にぽっかり空いた暗闇に目がいかんようになってしまうんじゃろうなぁ。人の心は暗闇とおんなじじゃ。そこに何があるんか、誰にもようわからん。わからんもんは、きょうてえよ。ぼっけえ、きょうてえ……。

 本書『ぼっけえ、きょうてえ』という、非常にインパクトのあるタイトルの意味は、岡山地方の方言で「とても、怖い」。明治時代に栄えたある遊郭の一室で、客との情事の果てに語られる、ちょっと怪しい雰囲気をたたえたひとりの女郎の寝物語――見えない手が顔を左上に引っ張っているような歪んだ顔をした女郎の、身の毛もよだつような身の上話は、たしかに「恐怖」とかいった堅苦しい表現ではなく、思わず方言を丸出しにした、それゆえに生々しく、原初的なおののきにも似た「ぼってえ、きょうてえ」という表現こそがふさわしいと言えよう。そして、生々しいのはなにもタイトルだけでなく、内容についても同様だ。冒頭でも少しだけ再現してみせたような、女郎による完全な「語り」―― 一人称とか三人称とかいった表現形式でくくられること自体を拒絶する、まるで読者の耳にささやきかけてくるかのような「語り」の文体、その絶妙さに、まずは舌を巻くことだろう。

 小説の構成の基本は、おおまかには地の文と呼ばれる説明文と、会話文のふたつにわけられる。本書は、会話文であることを示す鉤括弧こそないものの、地の文すべてが会話文、という構成だ。にもかかわらず、時代がいつごろで、場所はどこで、女郎がいる部屋がどんな様子であるとか、女郎やその客がどんな姿格好をしているのかが、まるで手にとるように想像することができるのだ。なぜわかるのか、と言えば、当然のことながら女郎の「語り」のなかで語られているからなのだが、それがじつにさりげなく、しかも本書の雰囲気をけっして壊すことなく挿入されているのである。こうやって説明するのは簡単だが、実現するには相当な文章力を要する作業であり、それだけ見ても著者の力量がわかるというものだが、それに加えて本書には、人間が必ず持っているいわゆる「怖いもの見たさ」を巧みに刺激する文章構成をとっている。

 冒頭でさりげなく語られる女郎の顔の特徴――「それ教えたら旦那さんほんまに寝られんようになる」と何か含みをもたせながらもいったんは引っ込めたうえで、話は女郎の身の上話に入るわけだが、読者にしてみれば、そこにどんな秘密が隠されているのか、どうしても気になってしまう。それで当然本書を読み進めることになるのだが、その彼女の身の上話の壮絶さ――貧しい村落の飢饉の年の生まれで、生まれてすぐ間引きされそうになったことや、子どもの頃から間引き専門の産婆だった母の手伝いをさせられて、水子が唯一の遊び相手だったとかいう話の数々を聞かされるにつれ、そうしたいきさつを、とくに感慨もなく淡々と語り、自分のことを「鬼の子」と称す女郎の存在が、耐えがたいほど圧倒的な気配をかもしだすようになるのである。それはちょうど、肝だめしとなると必ずと言っていいほど行なわれる怪談、薄暗がりのなか、ぼんやりと浮かび上がる語り手の、囁くような語り口に、怖くてたまらないはずなのに、なぜか耳を傾けるのをやめることができないという、あの雰囲気に似ている。

 そして読者は、知らないうちに、もう後戻りできない一線を踏み越えてしまった自分に気がつくのである。そうなってしまっては、もう遅い。

 明治から大正にかけての日本という時代は、文明開花によって西欧の科学技術が波のように押し寄せてきて、急速に近代化が進められていった反面、魑魅魍魎が闇から闇へ跋扈し、奇怪な事件が多発した暗黒時代でもあった。そして、そのような近代化の恩恵とはまだまだ無縁の農村地域では、子どもの間引きや近親相姦、伝染病などが日常のこととして起こっていた。まだ電気さえ普及していない時代には、家の中にさえ人の手の届かない暗闇が横たわっていたのだ。そして、そのような時代の原初的な恐怖は、今もなお私たちの心を縛りつけて離そうとはしない。本書の表題作をふくめた四つの短編は、すべてこのレトロともいえる恐怖にあらためて光をあてた意欲作ばかりである。

 四谷怪談のお岩さんにも負けずとも劣らない、女郎の恐怖の身の上話、この書評を読んでもし興味がわいた、という方がいたなら、ぜひとも読んでみてほしい。ただし、ひとつだけ忠告するが、読み進めていくうちに最後の一線を越えてしまい、後戻りできなくなったとしても責任は負わないので、そのつもりで。この私のように……。(2000.04.03)

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