【中央公論新社】
『架空の王国』

高野史緒著 



 ボーヴァル、という名の王国をご存知だろうか? 国土総面積約千平方キロメートル、人口約七万人、フランス東部にあるフランシュ・コンテ地方の東端、ふたつの山脈に囲まれているがゆえに<美しの谷>と命名された場所に位置し、ワインと精密機械工業、そして観光業で成り立っている、ささやかな立憲君主国家である。えっ、地図にはそんな国は載っていないって? ならば本書『架空の王国』を紐解いてみるがいい。本書の世界の中で、ボーヴァル王国が確かな存在感をもって息づいているのを、きっと感じることができるはずだ。

 本書の主人公である諏訪野瑠花は、尊敬する歴史学者ニコラス・トゥーリエ教授のもとで西洋史学を学ぶために、ボーヴァル王国のサンルイ大学特別枠受験に挑む、弱冠十九歳の天才少女。だが、トゥーリエ教授に会うためにサンルイ大学付属図書館を訪れた瑠花が見たのは、謎の言葉を残して死んでしまった教授の姿だった。しかも、教授は何者かによって故意に心臓発作を引き起こされた可能性が高く、そのとき一緒に教授を探してくれたフランソワ・ルメイエール――サンルイ大学の助教授にしてボーヴァル王国の王太子であり、近く聖別を受け、正式に国王となる身である――とともに、瑠花はトゥーリエ教授があのとき誰と、何のために会っていたのかを探ることになるが……。

 『フィリップ・オーギュストの特許状』により、王家の血筋よりも聖別による王位継承が優先される特殊な王国、ボーヴァル。その特許状の秘密を解く鍵となる、失われた<ゼッカーソン文書二十八番>、聖母マリアが描かれている図書館の壁に隠された文字、トゥーリエ教授が残した言葉、そして、ルメイエールの聖別を阻止しようと暗躍する者の影――瑠花を中心にして謎が謎を呼ぶ形となり、物語はしだいにボーヴァル王国自体の存続を左右しかねないほどの問題へと発展していく。

 本書は、ボーヴァルというひとつの国が持つ影の部分を解き明かすミステリー小説だと言うことができる。だが、いわゆるスリルとサスペンスに溢れているわけではないし、また瑠花やルメイエールが名探偵よろしく鋭い推理をはたらかせているわけでもない――むしろ、彼らの推理は真実の周辺をぐるぐる回っているだけで、かえって読者を混乱させる役目を果たしているとも言える。ボーヴァルという国の景観や文化、教会や大学、図書館などの建物、またその歴史や伝統に関する紹介をおりまぜながら、まるで中世の世界の出来事であるかのように物語が進んでいく本書において、真の主人公はボーヴァル王国だと言ってもいいかもしれない。あくまで架空の存在でしかないこのボーヴァル王国には、たしかな存在感がある。そこには、たんに王国に関する事細かな設定を紹介するだけではけっしてただよっては来ない、ヨーロッパの古い都市にあるような独特の、ちょっと古臭い感じのするあの雰囲気がある。文章によってひとつの国を生み出してしまった本書は、まさに驚嘆に値しよう。

 歴史というものが偶然か、意図的に残された記録の集大成であり、それゆえに今もなお政治の道具として使われている事実がある以上、完全に客観的な立場から見た、正確な歴史を把握することは不可能である。だが、だからこそその把握できない歴史の影の部分に人々は想いを寄せ、どのようなドラマがあったのかと想像力をはばたかせる。いみじくもルメイエールが瑠花に語ったように、それは恋をするようなものなのだ。そして、一度恋をしてしまえば、たとえ国家権力であってその人の想いを止めることはできない。

「(中略)君はそれを……」
「……え?」
「それを無意味だと思う? 何かに理不尽なまでに心を寄せてしまうことを? 君は、僕よりもトゥーリエ教授に近い才能を持っている。歴史の感覚だ。愛と言ってもいい。それに比べると僕は冷徹な合理主義者に過ぎない
(後略)

 キリスト教徒でもない日本人の自分が西洋史を学ぼうとしていることに後ろめたさを感じていた瑠花に対して、ルメイエールはこう答えている。確かに、ルメイエールと瑠花の歴史に対する取り組み方は対極に位置するものだ。だが、少なくとも歴史に対する情熱という点で、二人は同じ想いを持っていると私は思う。そして、そんな二人がさまざまな想いをめぐらせるボーヴァル王国の世界を、ぜひ堪能してもらいたい。(1999.03.04)

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