【立風書房】
『火獣』

御坂真之著 



 一九九〇年十一月十七日午前八時すぎ、それが長崎県島原市の雲仙普賢岳最初の噴火時刻だった。それから翌年の二月から数ヶ月間、私たちはテレビの画面で何度か普賢岳の姿を目にすることとなる。火砕流、といった専門用語も頻繁に耳にした。その後、メディアの関心が薄れるにつれ、私達もしだいに普賢岳のこと自体を忘れていったが、もちろんあの噴火が幻だったわけでなく、その悲劇の只中にあった人々にとっては、今もそれはひとつの現実として生きているだろうことは、少し想像力をめぐらせればわかることだ。

 本書『火獣』は、そんな当時の島原市を舞台にしたミステリー小説である。某テレビ局のプロデューサー中村次郎と新米シナリオライターの入谷高志は、二〇〇年ぶりの普賢岳噴火ということで、それにからんだシナリオ作成の取材のため島原市入りした。普賢岳周辺は彼らだけでなく、すでに各局の報道関係者が二十四時間体制で張りこんでいたのだが、そんな折、予想を越えた普賢岳の噴火による火砕流が報道陣を襲うという事故がおきてしまう。もともと避難勧告区域を無視し、住民のいない家での勝手な行動など問題となっていた折の事故で、それは普賢岳噴火に新たなエピソードをくわえることになるのだが、そんな災害の合間を縫うようにして、ひとり、またひとりと殺人事件が起きてゆく。

 当時の普賢岳周辺での、報道関係者と地元住民とのいざこざ、避難住民やその周辺の人々のそれぞれの想い、そして普賢岳噴火の様子や噴火後の惨憺たる雰囲気など、じつによく調査して書かれている。また、島原市といえば天草四郎の島原の乱や、二〇〇年前の普賢岳噴火でおこった寛政の島原大変などで有名な地であるが、そのときの伝承の数々がさりげなく殺人事件へとからんできて、まるで島原市の伝承巡りをしているような気分にさせてくれる。
 ミステリーとしての出来に関しては、冷静に読んでいくと「オイオイ、そんなのアリなのか」と思わないでもないトリックが出てくるが、ここではあえてそのことは問わない。本書は、とかくメディアに振り回されがちな私達に、雲仙普賢岳の噴火はまぎれもなく、ひとつのリアルであったことを再認識させてくれる、という一点で評価してもよいのではないかと思う。

 日本は火山列島である。その事実は日本のあちこちに、私の大好きな温泉という恵みをもたらすが、その原動力となっているのは、マグマという名の獣であることを、私達は忘れてはならないのだ。(1999.01.23)

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