【角川書店】
『女子大生会計士の事件簿』

山田真哉著 



 他の会社の実情については詳しく知らないが、私が今はたらいている会社では、年に二度、決算棚卸作業がおこなわれる。そして、そのさいに「今回の棚卸では監査が入るから、できるだけ正確な棚卸を実施してほしい」という旨を通達されることがある。棚卸作業は、その時点での会社の総資産を算出する重要な作業で、「正確な棚卸」はあたり前のことではあるが、現場でひたすら商品を数えていくという地道な作業を繰り返す社員にとっては、けっこう大変で、かつ面倒くさい仕事でもあり、そんなときに「監査がどうこう」と言われても、あまりピンと来ない、というのが実情だった。

 ふだん、会社ではたらいて給料をもらっているサラリーマンのひとりである私にとって、監査というものを意識するのは決算の時期くらいのものなのだが、そもそも「監査」とは何をおこなうことなのか、そしてその「監査」を請け負う人たちは、いったい何者なのか――その答えは、本書『女子大生会計士の事件簿』のなかにあった。

 いい? 私たちは経済の世界に一つしかない鏡なの。企業の良い所も悪い所もそのまま映し出す真実の鏡。鏡は決してしゃべらないし動かない。でも、絶対嘘はつかないから、みんな信頼して鏡を見てくれるのよ。

 一般にはその実態があまりよく知られていない「公認会計士」という職業を題材とし、会計の世界をわかりやすく紹介する、というコンセプトのもとに執筆された本書では、全国最年少の公認会計士であり、現役女子大生でもある「萌さん」こと藤原萌実と、その下ではたらく青年会計士補の「カッキー」こと柿本一麻のコンビが、監査に向かった企業でおこなわれているさまざまな不正を解き明かしていく、というストーリーが展開されている。会計について何も知らない人であっても楽しく読めるよう、ストーリー自体がシンプルでわかりやすいうえ、萌実の確信犯に近いボケ的言動と、それに振り回されるカッキーの自嘲的ツッコミが独自のテンポを生み、さらに読みやすい内容となっているが、そこに提示されているのは、企業の裏金や株式操作を利用した詐欺、秘密口座や違法ぎりぎりの会計操作(クリエイティブ・アカウンティング)など、ときにはニュースなどにも取り上げられる事例ばかりであり、そのあたりの謎の提示は、さすがにその世界をよく知っているだけのことはある、と思わせられるほど奥が深いものである。

 巻末付録には「やさしい会計用語集」というものがあり、その最初に「会計」という項目がある。「会社の状態をすべて金額で表現する制度」――きわめてシンプルな解説だが、よくよく考えてみると、これはかなりすごいことだ。会社という複雑な組織の価値観が、すべて数値に置き換えられる、数値化されることによって、物事の優劣を絶対的な基準のうえに推し量ることができる会計の世界――私もかつて、システム開発の仕事の役に立つかもしれない、ということで簿記の勉強をしていたことがあるが、たとえば会計の基礎や専門用語などは覚えることはできても、そもそもの会計の本質部分については、けっきょく本書を読むまではつかむことができなかったように思う。そういう意味では、本書は物語という形式がもつ力をあらためて思い知らせてくれた作品だと言える。

 本書は基本的に7つのショートストーリーを収めているが、いずれの作品でも、最後には会計上の不正があきらかになり、物語はハッピーエンドで終わる。本書に登場する会社側の人間が、不正をおこなった理由はさまざまなものがある。個人の利益のためや、自身の信念によるもの、恋心や思い出といった、いかにも人間臭い感情が絡んでいたりするのだが、「鏡」たる公認会計士はそこにいっさいの私情を差し挟むことなく、会計上の真実の姿を映し出していく。それはある意味で、研ぎ澄まされた推理力で真実に迫っていく、ミステリーにおける探偵役ときわめてよく似ているし、たしかに本書が見せてくれる会計の世界はスリリングだ。おそらく、現実の公認会計士の仕事というのは、これほど気持ちのいいものではないだろうし、また彼らもまた人間である以上、磨き抜かれた「鏡」でありつづけることは難しいのかもしれない。ましてや物事の真実を突き止めることが、ハッピーに到達するというわけでもないだろう。だが、少なくとも本書において、会計士という「鏡」としての仕事が、その会社の真実の姿を映し出すこと、そしてそのことが必ずむくわれる行為であることを堂々と示したことは大きい。

「そうよね。警察が悪を見過ごせば治安は滅び、政治家が利権と結びつけば政治は滅び、会計士が不正を許せば経済が滅びるのよ。カッキー、よく覚えておきなさい」

 複雑な事柄を理解することは難しいことだが、複雑な事柄を誰にでもわかる言葉で説明することはさらに難しいことである。本書は会計士という職業の根本的な姿勢について、これ以上はないほどの簡潔さで読者に提示することに成功した作品であるが、その姿勢は、およそ何らかの役割を担って生きていくすべての人間に対しても、あてはめることのできるものなのである。(2005.01.16)

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