【幻堂出版】
『街の本屋が「カア!」と啼く』

川辺佳展著 

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 つい数年前までは信じられないことだったが、わざわざ本屋にまで足を運ばなくても本が買える時代になった。「オンライン書店」と呼ばれる、インターネット内でのみ存在するバーチャルな書店は、現在「bk1」や「楽天ブックス」「アマゾンドットコム」など、数店舗が営業しており、お客自身が書名や著者名で書誌データベースを検索、ヒットした本をそのまま購入することができるというシステムになっている。

 実際、「この本がほしい」という、明確な購買目的がある場合、この検索システムは非常に重宝する存在だ。本屋では品切れだと言われた本が、こうしたオンライン書店ではしっかり流通していて、たしかに数日で手許に届いたということもしばしばあるし、またパソコンがあればいつでもどこでも利用できることもあって、なかなか本屋や図書館が開いている時間に利用できないサラリーマンな私にとっては、なんとも便利な時代になったものだとしみじみと思ったりするのだが、こうしたオンライン書店の台頭は、ありがたいと思う一方で、少々寂しくもあるのが正直なところかもしれない。

 とくに買いたい本があるわけでもないが、ブラリと遊びに行くような感覚で本屋へ行き、冷やかし半分で本棚を眺め、手にとってパラパラとページをめくってみる――読書バカを自称する私にとって、ゆっくり本が読める時間は至福のひとときであることに間違いないのだが、それまで知らなかった、より多くの本と接する機会を与えてくれる、という意味では、リアルな書店の存在も、私にとっては重宝すべき存在だ。なぜなら読書とは、たんに本を読むという行為だけを指すのではなく、どの本を買おうかと迷ったり、立ち読みしたり、眺めるだけでけっきょく読まなかった、ということもひっくるめて「読書」であると思うからだ。

 2001年10月5日、神戸市中央区にあった1件の本屋が閉店した。本書『街の本屋が「カア!」と啼く』は、その閉店した本屋「烏書房」の店長だった著者が、その前身である本屋「チャンネルハウス」時代も含めた、14年間の書店人生活をつづった本である。などと書くと、「なんだかんだ言ったところでしょせんは経営に失敗して潰れた店、そんな本屋のことを知ったところで何が面白いのか」、とお思いになる方もいらっしゃることだろう。だが、本書の中にある、そしてかつては、たった1年と数ヶ月でしかなかったが、たしかにリアルな世界に存在していた「烏書房」は、「ここに来れば何か面白いものが見つかるのではないか」と思わせるような、そこはかとない期待感、フラッと立ち寄って、思わぬ宝物を発見するかのように本棚を眺めることが許されるような雰囲気が感じられるのだ。

 日本の教育が「個性重視」をかかげるようになって久しいが、それはなにも子どもたちに限ったことではなく、本屋においても、ほんの少しずつではあるが、その店独自の「個性」を出そうとする動きが見えている。それは、ただ取次から流れてくる新刊を並べるだけ、売れ筋の本ばかりを揃えようと躍起になってなっている、いわゆる「金太郎アメ」的な書店ではなく、あくまで店長や店員が「面白い」と思った本、他の人にもぜひ読ませたい、と感じた本を売るというこだわりを持った書店のことである。

 烏書房の経営は、売上うんぬんは二の次にした「趣味の店」。遊び感覚で、まず自身が本を読むこと、本を売ることを楽しめることを目指した本屋だったが、利益を出すことが最優先であるはずの日本経済のなかで、あえて「ボンボン」の店を目指した背景には、「チャンネルハウス」を経営していた頃の、金に縛られ、金に振りまわされて生きてきた時代への反省がある。もっとも、そこには「どうせ儲からないのなら、好きなようにやってまえ」という一種の開き直りもあったかもしれないが、「本」という、「商品」でありながら、たとえば食料品とはまた違った価値観を持つモノを扱う「本屋」だからこそ、そうしたこだわりをもって商売することが許されるのではないか――本書を読んでいくと、なぜかそんな気分になってくるから不思議だ。

 だが、この烏書房がなにより魅力的なのは、独自の棚揃えうんぬんというよりも、その店の雰囲気を担う人とのつながり、そしてそこから生まれるぬくもりにこそある。

 そんな我がまま放題「ごっこ」の「ボンボン本屋」を、まず受け入れてくれたのは、「街」だった。烏書房は、開店後数日で、実にすんなりと街に融け込むことができたのである。
 売上は、これはもう、腰を抜かすほど低くて、やや不安が頭をよぎらないではなかったが、やって来てくれるお客さんが皆、暖かい言葉をかけてくれて、そんなお客さんたちとのおしゃべりが、一番の楽しみになった。

 じっさい、烏書房の話は、どんな本を仕入れ、いかにして本を売っていたか、ということよりも、その店にどんな人たちが訪れ、どんな話をしたか、という「人」の話が中心になってくる。そして人だけでなく、犬や猫も寄ってくる。さらにはお産までしてしまったりする。けっきょく、商売としては成り立たなかったわけであるが、こうしたアットホームな雰囲気、素直にステキだなあ、と思わずにはいられない。そして同時に考えさせられもする。商売に限らず、人間が生きていくうえでなによりも大切なのは、本書にあるような人との交流、そのあたたかなつながりにこそあるのではないか、と。

 ごくあたり前のことでありながら、ともするとないがしろにしてしまいがちなものの価値に気づかせてくれる、素敵な本屋さんの姿が、そこにはたしかにあった。

 遊び感覚と言えば、この本自身も、著者の短篇小説あり、多彩な写真やイラストあり、さらにはお菓子のオマケのようなミニ文庫までついていたりして、なかなかに楽しい。そんな「遊び感覚」に満ちていた本屋の存在を教えてくれた本書が、その書店を閉めた後に刊行される、というのも、あるいは著者のちょっとした遊びなのではないか、と思わせられてしまう。なぜなら、本書の冒頭にもあるように、烏書房をやっていたときの「しあわせ」な時間は、今もなおつづいていると確信できるのだから。(2002.06.25)
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