【牧歌舎】
『宮内庁特務室』

窪隆裕著 



 第二次世界大戦における日本の敗戦によって、天皇は現人神からただの人へと大きく格下げとなり、「日本の象徴」以上のいっさいの権限をもたなくなって久しい。それゆえに、天皇制については国内でもその意義や存続について、さまざまな意見が取り沙汰されているのは周知のことであるが、天皇が現在の天皇としてはたすべき役割、より突っ込んだ言い方をするなら、天皇の存在意義のひとつとして、世界平和のための活動を挙げているものがあったことを憶えている。戦後日本が基本的に戦争放棄を謳った平和憲法を掲げる法治国家であり、天皇がその象徴であることを考えたとき、天皇をはじめとする皇族たちが、過去の悲惨な戦争を省みることを忘れず、また世界で唯一の原爆被爆国として、政治的、経済的な思惑を超えたところで世界へ向けて平和を訴えていくことは、戦後生まれの私が思う以上に大きな意義をもつのではないか、とけっこう印象深く思ったものだ。

 繰り返しになるが、今の天皇には何の権限も力もない、ただの象徴である。日本という国の象徴、日本国憲法の象徴としての天皇の言葉が、はたして世界平和のためにどれほどの力をもつことになるのか――本書『宮内庁特務室』に登場する、タイトルと同じ名前を冠した超法規的活動集団と、そのメンバーが本書のなかで行なった任務について考えたとき、そこに著者の平和維持に関する独自の思いを読みとることができる。なぜなら、彼らが今回行なうことになる活動は、停戦後のイラクに派遣されることになった自衛隊に同行し、彼らの身に危険がおよぶのを未然に防ぐというものだからである。

 日本に天皇制が確立したときから、敵対する勢力を鎮圧する組織として存在し、一度は内紛により弱体化したものの、明治天皇の時代になってあらためて編成しなおされることになった「宮内庁特務室」――超能力をはじめとする異能力使いによって秘密裏に組織されているこの集団、そのあまりに強大な力ゆえに宮内庁に「封印」という形をとっているが、一国の総理大臣が「日本国に大きな転換期が訪れ人智にて解決できない事態」として、あえて宮内庁特務室に依頼したその内容が、他ならぬイラクに派遣された自衛隊の護衛であるという点は、ともすると「宮内庁」という組織名ゆえに違和感があることは否めない。だが、仮にこの集団が皇族の護衛および天皇制の存続という、宮内庁そのものの役割をはたすための組織であるとするには、あまりにその本来の任務についての説明が不足しすぎているし、メンバーたちの任務に対する志についても無頓着な部分があることも事実である。なぜなら、イラクに天皇が視察に向かうというのであればともかく、天皇護衛という本来の任務を放りっぱなしにするような事態は、本来であれば何があっても避けたいと考えるのが普通だからだ。

 本書におけるこの大きな違和感について、ではどのような解釈が可能であるか、ということを考えたとき、ひとつ注目すべきなのが、本書における自衛隊の扱いである。物語のなかで、宮内庁特務室と似たような組織として、アメリカのサイキック・アーミー部隊が登場するが、彼らとのやりとりで、自衛隊はけっきょくのところ「日本軍」であると結論づけるというシーンは、「自衛隊」という表現とその実体――間違いなく軍事力をもつ組織というギャップを突く鋭い一点だ。

 あきらかに軍隊であるにもかかわらず、あくまで「自衛隊」であって軍隊ではない、という論法――言葉というものにことのほか重きを置くという日本の特質と、たんに言葉を変えてしまえばその本質さえも変わると信じている日本人独自の気質については、井沢元彦の『「言霊の国」解体新書』に詳しいが、これと同じようなことが、「宮内庁特務室」という組織についても起こっているとすれば、すべての説明がつく。つまり、「宮内庁特務室」という表現は、超能力という異能の力をもつ集団を封じ込めるためのいわば言霊なのだ。だが、そのことで彼らの力そのものが失われるわけではないことは、自衛隊の存在を考えれば自明のことである。

 結論から先に言えば、「宮内庁特務室」という組織は、超法規的活動を行うことができるエスパー集団であるという一点のみが、その本質だということである。そして本書のなかでは、その異能の力を自衛隊の護衛――イラクの「平和維持」軍の護衛に発揮させることで、奇しくも彼らの活動を正当化させることになった。そうした物語構造を、はたして薄っぺらいものとしてとらえるかどうかは読者の判断にゆだねるとして、ひとつだけたしかなのは、現実の自衛隊としての限界、あくまで「軍隊」ではないという制約ゆえの、ともすると足かせにもなりかねないさまざまな行動の制限を超えて、まさに「平和維持」のための超法規的活動を行なえる集団として、「宮内庁特務室」をとらえていることである。そして、それはそのまま天皇という平和憲法の象徴の活動へと帰結することにもなる。

 ストーリー構成やキャラクターの造詣、あるいは宮内庁特務室という特殊な組織の歴史的背景をふくめたさまざまな設定部分があまりにも練られておらず、また各キャラクターの会話文が必要以上に多く、それゆえに全体的に非常に軽いものとなっているなど、本書が自費出版に近い形で出版された背景を見ても、多くの課題を今後に残す作品ではあるが、天皇制と自衛隊という、日本が抱える大きな、そして根源的な問題について、奇しくも物語をつうじて一石を投じることになったその一点のみは、評価に値するものだろう。(2007.03.10)

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