【原書房】
『首無の如き祟るもの』

三津田信三著 

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 奥多摩の奥深くに開けた「媛首(ひめかみ)村」を代々に亘って治めてきた筆頭地主の家系、秘守家――本家である一守(いちがみ)家のほかに、二守(ふたがみ)家、三守(みかみ)家が村のそれぞれの地域を統治してきた歴史をもつこの家系は、しかし淡首(あおくび)様と呼ばれる存在によって何百年ものあいだ祟られ続けられていたという。戦国時代に他国に落ち延びようとして果たせず、首を刎ねられた姫の怨念とも、江戸時代に使用人の男と不倫をはたらいて駆け落ちし、夫に首を切られた妻の祟りとも言われる淡首様の呪詛は、とくに一守家の長となる男子に対して猛威を振るい、それゆえに一守家では、さまざまな儀式や祭事によってその呪詛をそらし、また淡首様を神格化して奉ることで、これまで繁栄をたもってきた……。

 戦前から戦後にかけての日本、それも、地方に根深く残る独自の因習や一族の因縁を土台に、そこで起きたふたつの不可解な事件をとりあげた本書『首無の如き祟るもの』は、横溝正史の金田一シリーズを思わせる、おどろおどろしい怪奇現象を物語の骨子としてもちいながらも、きわめて正統的な本格ミステリを展開する作品である。そしてその本格ミステリとしてこだわりゆえに、「媛首(ひめくび)山の惨劇」と名づけられたこの一連の事件の記録が、誰の手によって書かれ、誰の手によって編集された結果として、読者の目の前に提示されているかといった部分から、それこそ最後に行われる探偵の謎解きにいたるまで、ミステリとしての仕掛けが施されており、非常に良い意味で読者は最初から最後まで気を抜くことができないことになる。

 小さい頃に両親を失くし、以来一守家の使用人として仕えてきた少年斧高(よきたか)の視点と、当時の駐在巡査として、ふたつの事件にかかわることになった高屋敷元からの視点、このふたりの主体を交互に行き来することで物語が進んでいく本書は、高屋敷元の妻であり、また自身作家として現在媛首村のはずれに住んでいる高屋敷妙子なる人物が、とある同人誌への掲載のために、過去にあった事件のあらましを記し、その全容をあきらかにするという目的のために書かれたもの、という体裁をとっている。そして、最終的には迷宮入りしてしまったというそのふたつの事件は、いずれも奇怪で不可解な――それこそ呪いや祟りといったものとしか思えないような難物である。なぜなら、ひとつは四重の密室が形成されていたとされる媛首山のなかでおこった戦時中の事件であり、もうひとつはそれから十年後の戦後まもなくに、首無し死体が何体も発見されるという異常な連続殺人事件を扱ったものであるからだ。

 このふたつの事件にはいくつかの共通点があり、ひとつはいずれも一守家に古くから伝わる行事の最中に、それも、一守家の長男であり、一族の正式な跡取りとなる長寿郎を主体とする行事中に起きた怪事件であるということ、そしてもうひとつが首のない死体や「首無」と呼ばれる正体不明の怪物の存在といった、顔のない存在、あるいは死体というキーポイントである。一族に伝わる独自の儀式や、「淡首様」に代表される地方の言い伝え、あるいは呪いや祟りを回避するための禁厭、儀式のための奇妙な建築物といった要素は、いずれも淡首様の祟りと、その祟りに対抗する一守家という図式と容易に結びつくがゆえに、いかにもオカルト的や展開が前面に押し出される形となるが、そうした演出が、物事の真実から読者の目を遠ざけるためのものであることは想像に難くない。だが重要なのは、そうした装置と、じっさいに起こった事件とがこのうえなくマッチしているがゆえに、ホラーとしても、またミステリーとしてこのうえない完成度をもって独自の世界観を構築しているという点である。

 媛首村の成り立ちや淡首様の呪いにまつわる伝承、秘守一族が行なってきた数々の行事が何を意味しているのかなど、ときに民俗学的な知識もまじえたうえで圧倒的なリアル感をかもし出す本書のなかで、首無の怪物が跳梁し、人が突如姿を消し、密室であるはずの山を自在に動き回り、そして首のない死体が次々と現われてくる。二十三歳になった長寿郎が三人の花嫁候補のなかからひとりを選ぶという「婚舎の集い」の儀式の最中に、その候補のひとりが首無しの死体となって発見されたのを機に、次々と首無しの死体が増えていくという連続殺人――はたして、その犯人は誰なのか、なぜ首を切り落とす必要があったのか、というのがミステリ好きな読者であれば当然のことながら示すべき興味であるが、それと同時に、本書のなかで構築されている独自の世界観、それも、地方のどこか秘密めいて、どこか後ろ暗い因習の支配する閉じた世界が、いかに一族の心を歪ませていったかを充分理解してしまっている私たちは、その心がもたらす歪みが何らかの呪いや祟りとして作用したとしても、あるいは不思議ではないと思い込まされていることに気づく。十年前の十三夜参りで起きた、長寿郎の双子の妹である妃女子(ひめこ)の不幸な死、それと今回の連続殺人のあいだに、なんらかの因果関係があるのではないか、もっと言ってしまえば、それは妃女子の祟りではないのか、と。

 一族の嫡男に災いをもたらす淡首様の呪いから守るため、まるでその身代わりをさせるかのように育てられた妃女子をはじめ、極端なまでの男尊女卑社会が成立した媛首村の事件において、ミステリーとして立場をとるのなら、そうした怪奇現象については一笑に付すべきものである。だが、少なくとも本書の登場人物たちが、真面目にその存在を信じ、そのための禁厭をほどこしている以上、そこから生じる人々の歪みまで否定することはできない。そしてその点こそが、本書にほどこされた謎解きの大きな鍵となる。さらに、これほどおおがかりで複雑怪奇な事件であるにもかかわらず、あるたったひとつの事実さえわかってしまえば、すべての謎が綺麗に解けてしまうというミステリーとしてのダイナミズムや、「首無し死体=犯人と被害者の入れ替わり」という、ミステリーでは定番のトリックについて、あらかじめ牽制球を投げておくという手法、探偵役である刀城言耶によってなされる謎解きの、何度も意表をつかれる事実の提示など、まさにミステリーとしては破格の出来栄えだと断言できる。

 じつのところ本書のラストについては、いろいろな意見や解釈がありえるところだが、個人的に秀逸だと思っているのは、今回の一連の事件について、きわめて論理的な謎解きが提示されていくにもかかわらず、その骨子となる淡首様の呪いについて、完全に否定することができないという一点だ。その呪い――すなわち人間が人間であるがゆえの心の闇、それこそが、ミステリーとしてだけでなく、ホラーとしてもこのうえない完成度をもった本書最大の読みどころでもある。その怪しく耽美な世界をぜひとも楽しんでもらいたい。(2008.07.13)

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