【講談社】
『四月は霧の00(ラブラブ)密室』

霧舎巧著 



「脇野はおれたちのことを、数字にたとえたらゼロだと言った。でも、ゼロは二つ並べれば無限大の記号になるよな」

 ぐっはー、なんてこっぱずかしいセリフなんだ、と笑うことなかれ。このようなセリフを臆面もなく――しかも、少年が少女に対して使うことがおおいに許されるという、この青春まっしぐらな雰囲気こそが、本書『四月は霧の00(ラブラブ)密室』という作品、そしておそらくは「霧舎学園シリーズ」と銘打たれた一連のシリーズものの真骨頂であり、かつ著者が目指す理想の「学園ラブコメミステリ」のひとつの完成形というべきものであるのだから。

 さて、本書のサブタイトルは、正式には「私立霧舎学園ミステリ白書」と言う。このことからもわかるように、本書の舞台となるのは「私立霧舎学園高等学校」という高校内であり、当然のことながら登場人物たちも高校生が主体となっていく。そして、本書の主人公ともいうべき羽月琴葉が、今年の四月からこの高校に転校することになっていた高校二年生の少女であり、しかも始業式当初から遅刻し、「スカートの裾を翻し、肩まである髪をなびかせながら」坂道を駆け上っていくというシチュエーション――しかも、閉ざされた校門をよじのぼってしまうおてんば娘という属性つき――は、まさに狙っているとしか思えない学園ラブコメの王道である。だが、本書はただの学園ラブコメではなく、同時に本格ミステリーでもあり、著者はこのふたつの要素を同時に満たすような作品を目指している。どちらか一方が主であり、もう一方がただの付属品、というのではなく、どちらもメインでありえるような、そんな「学園ラブコメミステリ」の完成形を目指していることを念頭に置いて、あらためて本書を読み返してみたとき、そこにはじつに絶妙な配慮があり、また想像以上に深い意味がこめられていることに気がつくだろう。

 本書においてまず目につくのは、学園ラブコメの要素と、本格ミステリの要素が、常にふたつ対になって提示されている、という点だ。琴葉は立ちこめる霧のなかである殺人事件の現場に遭遇するが、その前に彼女はひとりの男子生徒、小日向棚彦と衝突し、不可抗力的にキスされるという、いかにもな学園ラブコメ的シチュエーションを体験することになる。また、霧舎学園の生徒たちに代々語り継がれる伝説も、男女の恋愛成就バージョンと、そのものズバリ「学園に《真の求道者》が誕生する」という二種類が用意されている。琴葉の母は警察署長として、今回の殺人事件の解決のため尽力するかたらわ、母として娘の恋愛の行く先にもちょっかいを出すという役割を負っているし、そして言うまでもないことだが、私たち読者の興味の対象は、今回の殺人事件の謎――誰も出られるはずのない体育館から、被害者がどのようにして外に出て、しかも殺されたのかというミステリーとしての謎の解明と、琴葉と棚彦の関係が今後、どのように進展していくのか、というふたつに置かれることになるのだ。

 ところで、こうした学園もので、しかもミステリーを実現させようとするときに、もっとも大きな障害となるのは、探偵役をどうするのか、という点だろう。探偵というのは、不可解な謎に対して完全な解答を与えるために存在する者であり、そういう意味ではある種の完成された人格をもつ《真の求道者》、多大な知識と並外れた洞察力に裏打ちされた成熟さを帯びた人間こそがふさわしいといえる。かつて、富士見書房が打ち出したレーベル「富士見ミステリー文庫」のある作品を読んだときに、探偵役となる人物が10代の少年であるという設定に違和感をおぼえたのは、こうした探偵として必要な要素を、10代の少年に背負わせるにはあまりにも未成熟である、という現実的思考がはたらいたからに他ならない。

 この重大な問題を、本書はどのようにして解決したのか? 結論から先に言えば、まったくもって解決していない、ということになる。本書にはふたりの探偵役が登場するが、どちらも霧舎学園の生徒であり、立派な(?)高校生探偵である。そして彼らは、人間として未成熟な部分をけっして隠そうとはしない。しかし、本書がただの本格ミステリーではなく、「学園ラブコメミステリ」であり、10代の少年少女がさまざまな経験を経て大きく成長していく、という青春小説には必要不可欠なテーマを考えたとき、この高校生探偵の未成熟さは、作品の欠点ではなく、むしろ美点へと逆転することになる。なぜなら、小日向棚彦にしろ、頭木保にしろ、厳密には「探偵」ではなく、「将来探偵となる可能性を秘めた者」、つまり「探偵候補」であるからだ。

 小日向棚彦は「疑問点や不自然な点を指摘する能力には長けていても、そこから結論を導き出すための思考力や発想力にはまだ目覚めていない」という人物像であり、いっぽうの頭木保は、いっけんすると完璧な探偵役のように思えるが、じつは小日向棚彦とは対極に位置する――つまり思考力や発想力はすぐれているが、肝心な部分でもう一歩真相へと飛躍しない、という意味で、彼もまた未成熟な探偵である。そして、そんな状態のなかに投げ込まれた不可解な殺人事件を解決するために、彼らはいろいろな人たちの後押しや支えを必要とする。そう、彼らは探偵としては未熟であり、ひとりではけっして事件は解決できないが、その足りない分をお互いに補ったり、友人知人の協力を借りたりして、最終的には事件を完全解決へと導いていく。未熟な探偵が、未熟ながら事件を解決する――著者はその不自然さを「学園ラブコメ」という、未成熟な生徒たちが主役となるテーマと融合させることによって、逆に正当化することに成功したのだ。

 さて、この「霧舎学園シリーズ」、どうやら四月からはじまって、一ヶ月ごとに一冊ずつ作品が書かれる予定のようだ。つまり、シリーズとしては全12巻。はたしてふたりの「探偵候補」は《真の求道者》たりえるのか、そして彼らに今後どのような事件が待ちかまえており、琴葉との仲はいったいどうなっていくのか――いろいろな意味で今後に期待のもてるシリーズだと言えるだろう。(2004.06.27)

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